・・・小草が数本に、その一本を伝わって倒に這降りる蟻に、去年の枯草のこれが筐とも見える芥一摘みほど――これが其時の眼中の小天地さ。それをば片一方の眼で視ているので、片一方のは何か堅い、木の枝に違いないがな、それに圧されて、そのまた枝に頭が上ってい・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 源叔父は袂をさぐりて竹の皮包取りだし握飯一つ撮みて紀州の前に突きだせば、乞食は懐より椀をだしてこれを受けぬ。与えしものも言葉なく受けしものも言葉なく、互いに嬉れしとも憐れとも思わぬようなり、紀州はそのまま行き過ぎて後振向きもせず、源叔・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・かれは意にもなく手近の小枝を折り、真紅の葉一つを摘みて流れに落とせば、早瀬これを浮かべて流れゆくをかれは静かにながめて次の橋の陰に隠るるを待つらんごとし。 この時青年の目に入りしはかれが立てる橋に程近き楓の木陰にうずくまりて物洗いいたる・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・野中に捨てられて雪に肌をまじえ、草を摘みて命を支えたりき」 かかる欠乏と寂寥の境にいて日蓮はなお『開目鈔』二巻を撰述した。 この著については彼自ら「此の文の心は日蓮によりて日本国の有無はあるべし」といい、「日蓮は日本国のたましひなり・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・初めのうち、清三は夏休み中、池の水を汲むのを手伝ったり、畑へ小豆の莢を摘みに行ったりした。しかし、学年が進んで、次第に都会人らしく、垢ぬけがして、親の眼にも何だか品が出来たように思われだすと、おしかは、野良仕事をさすのが勿体ないような気がし・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・の方の低いところで、いずれも十三四という女の児が、さすがに辺鄙でも媚き立つ年頃だけに紅いものや青いものが遠くからも見え渡る扮装をして、小籃を片手に、節こそ鄙びてはおれど清らかな高い徹る声で、桑の嫩葉を摘みながら歌を唄っていて、今しも一人が、・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・男はこれに構わず、膳の上に散りし削たる鰹節を鍋の中に摘み込んで猪口を手にす。注ぐ、呑む。「いいかエ。「素敵だッ、やんねえ。 女も手酌で、きゅうと遣って、その後徳利を膳に置く。男は愉快気に重ねて、「ああ、いい酒だ、サルチルサン・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・でも、この根岸へ移って落着いてからは、春先に成ると蓬の芽を摘みに行くところがあると悦んで、軽々とした服装をしては出掛けて行って、その帰りには菫の花なぞを植木屋から買って戻って来た。その無邪気さには、又、憎むこともどうすることも出来ないような・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・しかして手かごいっぱいに花を摘み入れました。聖ヨハネ祭の夜宮には人形のリザが、その花の中でいい夢を見てねむるんです。 こんなふうにおもしろく、二人は苦労もわすれて歩きました。もう赤楊の林さえぬければ、「日の村」へ着くはずでした。やがて二・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・あげくの果には、私の大事な新芽を、気が狂ったみたいに、ちょんちょん摘み切ってしまって、うむ、これでどうやら、なんて真顔で言って澄ましているのよ。私は、苦笑したわ。あたまが悪いのだから、仕方がないのね。あの時、新芽をあんなに切られなかったら、・・・ 太宰治 「失敗園」
出典:青空文庫