・・・ かっぱとかっぱが顱合せをしたから、若い女は、うすよごれたが姉さんかぶり、茶摘、桑摘む絵の風情の、手拭の口に笑をこぼして、「あの、川に居ります可恐いのではありませんの、雨の降る時にな、これから着ますな、あの色に似ておりますから。」・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・半ば眠れるがごとき目ざし、通りたる鼻下に白き毛の少し交りたる髭をきれいに揃えて短く摘む。おもての色やや沈み、温和にして、しかも威容あり。旅館の貸下駄にて、雨に懸念せず、ステッキを静人形使 (この時また土間の卓子画家 ははあ、操りです・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・要旨を掻摘むと、およそ弁論の雄というは無用の饒舌を弄する謂ではない、鴎外は無用の雑談冗弁をこそ好まないが、かつてザクセンの建築学会で日本家屋論を講演した事がある、邦人にして独逸語を以て独逸人の前で演説したのは余を以て嚆矢とすというような論鋒・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ また、林檎を栽培し、蜜柑、梨子、柿を完全に成熟さして、それを摘むまでに、どれ程の労力を費したか。彼等は、この辛苦の生産品を市場にまで送らなければならないのです。 都会人のある者は、彼等の辛苦について、労働については、あまり考えない・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・でも媚き立つ年頃だけに紅いものや青いものが遠くからも見え渡る扮装をして、小籃を片手に、節こそ鄙びてはおれど清らかな高い徹る声で、桑の嫩葉を摘みながら歌を唄っていて、今しも一人が、わたしぁ桑摘む主ぁきざまんせ、春蚕上簇れば二人着る・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ 女の人は、立って押入から竹洋灯を取りだして、油を振ってみて、袂から紙を出して心を摘む。下へ置いた笠に何か書いた紙切れが喰っついている。読んでみると章坊の手らしい幼い片仮名で、フジサンガマタナクと書いてある。「あら」と女の人は恥かし・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・て、櫛の背を歯に銜え、両手を高く、長襦袢の袖口はこの時下へと滑ってその二の腕の奥にもし入黒子あらば見えもやすると思われるまで、両肱を菱の字なりに張出して後の髱を直し、さてまた最後には宛ら糸瓜の取手でも摘むがように、二本の指先で前髪の束ね目を・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・筆を擱いてたまたま窓外を見れば半庭の斜陽に、熟したる梔子燃るが如く、人の来って摘むのを待っている……。大正十二年癸亥十一月稿 永井荷風 「十日の菊」
・・・幾里の登り阪を草鞋のあら緒にくわれて見知らぬ順礼の介抱に他生の縁を感じ馬子に叱られ駕籠舁に嘲られながらぶらりぶらりと急がぬ旅路に白雲を踏み草花を摘む。実にやもののあわれはこれよりぞ知るべき。はた十銭のはたごに六部道者と合い宿の寝言は熟眠を驚・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・この土筆は勿論煮てくうのであるから、東京辺の嫁菜摘みも同じような趣きではあるが、実際はそれにもまして、土筆を摘むという事その事が非常に愉快を感ずることになって居る。それで人々が争うて土筆を取りに出掛けるので郊外一、二里の所には土筆は余り沢山・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
出典:青空文庫