・・・彼等のある一団は炎暑を重く支えている薔薇の葉の上にひしめき合った。またその一団は珍しそうに、幾重にも蜜のにおいを抱いた薔薇の花の中へまぐれこんだ。そうしてさらにまたある一団は、縦横に青空を裂いている薔薇の枝と枝との間へ、早くも眼には見えない・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・陳は思わず塀の常春藤を掴んで、倒れかかる体を支えながら、苦しそうに切れ切れな声を洩らした。「あの手紙は、――まさか、――房子だけは――」 一瞬間の後陳彩は、安々塀を乗り越えると、庭の松の間をくぐりくぐり、首尾よく二階の真下にある、客・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・と、その両肱は棚のようなものに支えられて、膝がしらも堅い足場を得ていた。クララは改悛者のように啜泣きながら、棚らしいものの上に組み合せた腕の間に顔を埋めた。 泣いてる中にクララの心は忽ち軽くなって、やがては十ばかりの童女の時のような何事・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・早や、これでは、玄武寺を倒に投げうっても、峰は水底に支えまい。 蘆のまわりに、円く拡がり、大洋の潮を取って、穂先に滝津瀬、水筋の高くなり行く川面から灌ぎ込むのが、一揉み揉んで、どうと落ちる……一方口のはけ路なれば、橋の下は颯々と瀬になっ・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・――面と向っては言いかねる、こんな時に持出す親はなし、やけに女房が産気づいたと言えないこともないものを、臨機縦横の気働きのない学芸だから、中座の申訳に困り、熱燗に舌をやきつつ、飲む酒も、ぐッぐと咽喉へ支えさしていたのが、いちどきに、赫となっ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ さよ子は、家の中がにぎやかで、春のような気持ちがしましたから、どんなようすであろうと思って、その窓の際に寄り添って、そこにあった石を踏み台にして、その上に小さな体を支えて中をのぞいてみました。 へやの中はきれいに飾ってあります。大・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・文言は例のお話の縁談について、明日ちょっとお伺いしたいが、お差支えはないかとの問合せで、配達が遅れたものと見え、日附は昨日の出である。 端書を膝の上に置いて、お光はまたそれにいつまでも見入った。「全くもうむずかしいんだとしたら……」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・母親の愛情だけで支えられて生きているのは、何か生の義務に反くと思うのだった。妓に裏切られた時に完膚なきまでに傷ついた自尊心の悩みに駆りたてられていた。熱が七度五分ぐらいまでに下ると、いきなり寝床を飛びだし、お君の止めるのもきかず、外へ出た。・・・ 織田作之助 「雨」
・・・少焉あって、一しきり藻掻いて、体の下になった右手をやッと脱して、両の腕で体を支えながら起上ろうとしてみたが、何がさて鑽で揉むような痛みが膝から胸、頭へと貫くように衝上げて来て、俺はまた倒れた。また真の闇の跡先なしさ。 ふッと眼が覚め・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・その巌丈な石の壁は豪雨のたびごとに汎濫する溪の水を支えとめるためで、その壁に刳り抜かれた溪ぎわへの一つの出口がまた牢門そっくりなのであった。昼間その温泉に涵りながら「牢門」のそとを眺めていると、明るい日光の下で白く白く高まっている瀬のたぎり・・・ 梶井基次郎 「温泉」
出典:青空文庫