・・・父は捨てどころに困じて口の中に啣んでいた梅干の種を勢いよくグーズベリーの繁みに放りなげた。 監督は矢部の出迎えに出かけて留守だったが、父の膝許には、もうたくさんの帳簿や書類が雑然と開きならべられてあった。 待つほどもなく矢部という人・・・ 有島武郎 「親子」
・・・パンの切れが放りこまれてあった。その上から、味噌汁の残りをぶちかけてあった。 子供達は、喜び、うめき声を出したりしながら、互いに手をかきむしり合って、携えて来た琺瑯引きの洗面器へ残飯をかきこんだ。 炊事場は、古い腐った漬物の臭いがし・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・河面一面にせり合い、押し合い氷塊は、一度に放りこまれた塵芥のように、うようよと流れて行った。ある日、それが、ぴたりと動かなくなった。冬籠もりをした汽船は、水上にぬぎ忘れられた片足の下駄のように、氷に張り閉されてしまった。 舷側の水かきは・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・読みさしの新しい雑誌が頭のさきに放り出されてあった。飯の用意はしてなかった。「子供でも出来たら、ちっとは、性根を入れて働くようになろうか。」 飯を食って、野良へ出てから母は云った。兄はまだ、妻の部屋でくず/\していた。「たいがい・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ 女達は、彼の背後で、ガッタン/\鉱車へ鉱石を放りこんでいた。随分遠くケージから離れて来たもんだ。普通なら、こゝらへんで掘りやめてもいゝところだ。喋べくりながら合品を使っていた女達が、不意につゝましげに黙りこんだ。井村は闇の中をうしろへ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・Y、小走りで先へゆく荷車に追いついたと思うと両手に下げてた鞄と書類入鞄を後から繩をかけた荷物の間へ順々に放りあげ、ひょいと一本後に出てる太い棒へ横のりになった。尻尾の長い満州馬はいろんな形の荷物と皮外套を着たYとをのっけて、石ころ道を行く。・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
出典:青空文庫