・・・唯物史観に立脚するマルクスは、そのままに放置しておいても、資本主義的経済生活は自分で醸した内分泌の毒素によって、早晩崩壊すべきを予定していたにしても、その崩壊作用をある階級の自覚的な努力によって早めようとしたことは争われない。そして彼はその・・・ 有島武郎 「想片」
・・・私は力を感じたので、その二匹の馬が私をすぐ身近に放置してきっぱりと問題外にしている無礼に対し、不満を覚える余裕さえなかった。 もう一匹の赤い馬を見た。あるいは同じ馬であったかも知れぬ。針仕事をしていたようであった。しばらくしては・・・ 太宰治 「玩具」
・・・それに私は、喧嘩を好まず、否、好まぬどころではない、往来で野獣の組打ちを放置し許容しているなどは、文明国の恥辱と信じているので、かの耳を聾せんばかりのけんけんごうごう、きゃんきゃんの犬の野蛮のわめき声には、殺してもなおあき足らない憤怒と憎悪・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・日本のインフレーションは、もう一日も放置すべからざる、どたん場に来ているんですからね。手当が一日でもおくれたらもう、それっきりです。一刻の猶予もならんのです。すぐまいりましょう。」 と言って、立ち上る。 私は一緒に行くべきかどうか迷・・・ 太宰治 「女神」
・・・ ところが、その後間もなく自分は胃潰瘍にかかって職を休んで引籠ってしまったので、教室の自分の部屋は全くそのままに塵埃のつもるに任せて永い間放置されていた。そこへ大正十二年の大震災が襲って来て教室の建物は大破し、崩壊は免れたが今後の地震に・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・見込みのない事がわかって来たから、ここらでまず一段落ついた事にしてしばらく放置してみる事にした。バックに緑色の布のかかった箪笥があって、その上に書物や新聞の雑然と置いてあるのがいかにもうるさくて絵全体を俗悪にしてしまうから、あとからすっかり・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ 櫓ができたら少なくも一年は放置して構造の狂いを充分に落ち着かせてからいよいよ観測にかかる。一点における観測作業に天気がよくても二週間ぐらいはかかる。技師一人技手一人と測量人夫六名ないし十名ぐらいの一行でテント生活をする。場所によっては・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・むしろただそのままにもう少し放置して自然の機巧を傍観したほうがよかったように思われて来たのである。簔虫にはどうする事もできないこの蜘蛛にも、また相当の敵があるに相違ない。「昆虫の生活」という書物を読んだ時に、地蜂のあるものが蜘蛛を攻撃して、・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・プロレタリア・農民婦人の文化水準は敵のブルジョア・地主的反動文化の重しで、低く圧せられたままに放置されているのを見る。而もわれわれが猛烈に、決然と、婦人大衆を低く繋ぐ反動文化と戦闘を開始しないことは、とりもなおさず日本におけるプロレタリア文・・・ 宮本百合子 「国際無産婦人デーに際して」
・・・作家が自身の作品に深々と腰をおろしている姿には殆ど接し得ないという、「作品と作家の間の不幸な関係は、そのままで放置すれば、作品と作家がすっかり離縁して、てんでに何処へ漂流するかも知れないのだ。小説の前途について、いろいろ不安の説を聞くが、私・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
出典:青空文庫