・・・と同時に相変らず、仕放題な贅沢をし始めました。庭に咲いている牡丹の花、その中に眠っている白孔雀、それから刀を呑んで見せる、天竺から来た魔法使――すべてが昔の通りなのです。 ですから車に一ぱいにあった、あの夥しい黄金も、又三年ばかり経つ内・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・しかしまたそのほかにも荒廃を極めたあたりの景色に――伸び放題伸びた庭芝や水の干上った古池に風情の多いためもない訣ではなかった。「一つ中へはいって見るかな。」 僕は先に立って門の中へはいった。敷石を挟んだ松の下には姫路茸などもかすかに・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・ 私は、涙を流し放題に流して、地だんだをふまないばかりにせき立てて、震える手をのばして妹の頭がちょっぴり水の上に浮んでいる方を指しました。 若い男は私の指す方を見定めていましたが、やがて手早く担っていたものを砂の上に卸し、帯をくるく・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・彼れは毎日毎日小屋の前に仁王立になって、五カ月間積り重なった雪の解けたために膿み放題に膿んだ畑から、恵深い日の光に照らされて水蒸気の濛々と立上る様を待ち遠しげに眺めやった。マッカリヌプリは毎日紫色に暖かく霞んだ。林の中の雪の叢消えの間には福・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・真暗な闇の間を、颶風のような空気の抵抗を感じながら、彼女は落ち放題に落ちて行った。「地獄に落ちて行くのだ」胆を裂くような心咎めが突然クララを襲った。それは本統はクララが始めから考えていた事なのだ。十六の歳から神の子基督の婢女として生き通そう・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・如法の貧地で、堂も庫裡も荒れ放題。いずれ旧藩中ばかりの石碑だが、苔を剥かねば、紋も分らぬ。その墓地の図面と、過去帳は、和尚が大切にしているが、あいにく留守。…… 墓参のよしを聴いて爺さんが言ったのである。「ほか寺の仏事の手伝いやら托・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・何んでも早く青木から身受けの金を出させようと運動しているらしく、先刻もまた青木の言いなり放題になって、その代りに何かの手筈を定めて来たものと見えた。おッ母さんから一筆青木に当てた依頼状さえあれば、あすにも楽な身になれるというので、僕は思いも・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 誰彼の差別も容赦もあらあらしく、老若男女入りみだれて、言い勝ちに、出任せ放題の悪口をわめき散らし、まるで一年中の悪口雑言の限りを、この一晩に尽したかのような騒ぎであった。 如何に罵られても、この夜ばかりは恨みにきかず、立ちどころに・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・乱れ放題、汚れ放題、伸び放題に任せているらしく、耳がかくれるくらいぼうぼうとしている。よれよれの着物の襟を胸まではだけているので、蘚苔のようにべったりと溜った垢がまる見えである。不精者らしいことは、その大きく突き出た顎のじじむさいひげが物語・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 避暑の客が大方帰ったので居残りの者は我儘放題、女中の手もすいたので或夕、大友は宿の娘のお正を占領して飲んでいたが、初めは戯談のほれたはれた問題が、次第に本物になって、大友は遂にその時から三年前の失恋談をはじめた。女中なら「御馳走様」位・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
出典:青空文庫