・・・ この教訓は、駄目である。 しかし私は、いま、ここで柳多留の解説を試みようとしているのではない。実は、こないだ或る無筆の親に逢い、こんな川柳などを、ふっと思い出したというだけの事なのである。 罹災したおかたには皆おぼえがある筈だ・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・ 私のいまの小説は、決して今のこの時代の人たちへの教訓として書いているのではありません。とんでも無い事です。人に教えたり、人に号令したりする資格は、私には全然ありません。いや、能力が無いのです。私はいつでも自分の触覚した感動だけを書いて・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ともに教訓的なる点に於いて、純日本作家と呼ぶべきである。 日本文学は、たいへん実用的である。文章報国。雨乞いの歌がある。ユウモレスクなるものと遠い。国体のせいである。日本刀をきたえる気持ちで文を草している。一筆三拝。 文章を・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・ 先生方や諸先輩の研究に対する熱心な態度を日常眼のあたりに見ることによって知らず識らずに受けた実例の教訓が何といっても最大な影響をわれわれ学生に与えた。暑いも寒いも、夜の更けるのも腹の減るのも一切感じないかと思われるような三昧の境地に入・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
旧臘押し詰まっての白木屋の火事は日本の火災史にちょっと類例のない新記録を残した。犠牲は大きかったがこの災厄が東京市民に与えた教訓もまたはなはだ貴重なものである。しかしせっかくの教訓も肝心な市民の耳に入らず、また心にしみなけ・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・とうとうつかまって顔といわず着物といわずべとべとの腐泥を塗られてげらげら笑っている三十男の意気地なさをまざまざと眼底に刻みつけられたのは、誠に得難い教訓であった。維新前の話であるが、通りがかりの武士が早乙女に泥を塗られたのを怒ってその場で相・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・尤も、いわゆる随筆にも色々あって、中には教壇から見下ろして読者を教訓するような態度で書かれたものもあり、お茶をのみながら友達に話をするような体裁のものもあり、あるいはまた独り言ないし寝言のようなものもあるであろうが、たとえどういう形式をとっ・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・として芸術の専門的偏狭を憎みあくまでその一般的鑑賞と実用とを欲したために、時にはかえって極端過激なる議論をしているが、しかしその言う処は敢て英国のみならず、殊にわが日本の社会なぞに対してはこの上もない教訓として聴かれべきものが尠くない。一例・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 実際この二世紀以前の建築は自分に対して明治と称する過渡期の芸術家に対して、数え尽されぬほどいかに有益なる教訓と意外なる驚嘆の情とを与えてくれたか分らない。 自分はもしかの形式美の詩人テオフィル・ゴオチエエが凡そ美しき宇宙の現象・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・ とにかく余は今度我子の果敢なき死ということによりて、多大の教訓を得た。名利を思うて煩悶絶間なき心の上に、一杓の冷水を浴びせかけられたような心持がして、一種の涼味を感ずると共に、心の奥より秋の日のような清く温き光が照して、凡ての人の上に・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
出典:青空文庫