・・・近来は汚れた白足袋を穿いて居るものが多い。敢えて新しいのを買えとはいわぬ。せつせつ洗えば、それで清潔になるのである。 或る料理屋の女将が、小間物屋がばらふの櫛を売りに来た時、丁度半纏を着て居た。それで左手を支いて、くの字なりになって、右・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・ もっとも、チラシや包装がそれだとは言わぬ。敢えてその権謀術策を挙げよというなら、間もなくおれが智慧をしぼって考えだした支店長募集など、そのひとつだろう。例によって「真相をあばく」を引用しよう。 五 ――馴れ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・致しかたの無い事かも知れません。敢えて責めるべき事で無いかも知れない。人間は、もともとそんな、くだらないものであります。この利巧な芸術家も、村役場に這入って行く女房の姿を見て、ちょっと立ちどまり、それから、ばかな事はしたくない、という頗る当・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・そうして、貴下の潔癖が私のこのやりかたを又怒られるのではないかとも一応は考えてみましたが、私の気持ちが純粋である以上、若しこれを怒るならばそれは怒る方が間違いだと考えて敢えてこの御知らせをする次第です。但し貴下に考慮に入れて貰いたいのは、私・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・僕は、人間の名誉というものを重んずる方針なのだから、敢えて、盗んだとは言いません。早く返して下さい。僕は、大事にしていたんだ。僕は、この人に帽子と制服とだけは、お貸ししたけれど、君にナイフまでは、お貸しした覚えが無いのです。返して下さい。僕・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・「呑むか?」美濃は、机上のウイスキイの瓶に手をかけた。「敢えて辞さない。」詩人も立ちあがった。 これでいいのだ。「ロオマの人のために。」ふたり同時に言い、かちっとグラスを触れ合せる。「滅亡の階級のために。チェリオ。」・・・ 太宰治 「古典風」
・・・て寝て、そうして婆と娘は、ろくでもない男にかかわり合ったから、こんな、とりかえしのつかないからだになってしまった、と口々に私を罵り、そうして私にやたらと用事を言いつけてこき使い、店は私の努力のため、と敢えて私は言いたいのです、そのために少し・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・私はことし既に三十九歳になるのであるが、私のこれまでの文筆に依って得た収入の全部は、私ひとりの遊びのために浪費して来たと言っても、敢えて過言ではないのである。しかも、その遊びというのは、自分にとって、地獄の痛苦のヤケ酒と、いやなおそろしい鬼・・・ 太宰治 「父」
・・・を選んだほうが、それだって決して結構なものではないが、むしろそのほうに住んでいたほうが、気楽だと思われるから、敢えて親友交歓を行わないだけのことなのである。 それでまた「徒党」について少し言ってみたいが、私にとって最も苦痛なのは、「・・・ 太宰治 「徒党について」
・・・怒濤を、目に見、耳に聞き、この奇現象、すべて彼が道化役者そのままの、おかしの風貌ゆえとも気づかず、ぶくぶくの鼻うごめかして、いまは、まさしく狂喜、眼のいろ、いよいよ奇怪に燃え立ちて、「今宵七夕まつりに敢えて宣言、私こそ神である。九天たかく存・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
出典:青空文庫