・・・ 数多い見知り越しの男たちの中で如何いう訳か三人だけがつぎつぎにクララの夢に現れた。その一人はやはりアッシジの貴族で、クララの家からは西北に当る、ヴィヤ・サン・パオロに住むモントルソリ家のパオロだった。夢の中にも、腰に置いた手の、指から・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 彼の伝記はすでに数多い。今私がここにそれをそのまま縮写するのみでは役立つこと少ないであろう。それはくわしき伝記について見らるるにしくはない。ここには同じ宗教的日本主義者として今日彼に共鳴するところの多い私が、私の目をもって見た日蓮の本・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・人の話に依りますと、ユーゴー、バルザックほどの大家でも、すべて女性の保護と慰藉のおかげで、数多い傑作をものしたのだそうです。私も貴下を、及ばずながらお助けする事に覚悟をきめました。どうか、しっかりやって下さい。時々お手紙を差し上げます。貴下・・・ 太宰治 「恥」
・・・あまりに数多い、あれもこれもの猟犬を、それは正に世界中のありとあらゆる種属の猟犬だったのかも知れない、その猟犬を引き連れて、意気揚々と狩猟に出たはよいが、わが家を数歩出るや、たちまち、その数百の猟犬は、てんでんばらばら、猟服美々しく着飾った・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 広いこの都会の、数多い洋食店の中でも、自分の注文に合うような家はまことに稀であった。高等な料理店へ行けば、室内も立派で清潔ではあるが、そこに集まって食事をしている人達が、あまりに自分とはかけ距れた別の世界に属する人達のようであった。そ・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・夕日に染められた構内は朝見た時とはまるでちがったさらにさらに美しい別の絵になっていた。数多い展覧会の絵の中で一枚もこの美しい光景を描いたものを見ないのが不思議に思われた。しかしいくら日本の鉄道省でも画家の写生を禁じているとは考え得られなかっ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・神田を歩いてあの数多い書店の棚から棚とあさって歩いて見ても、連句に関する書籍の数は全体の何万分の一にも足りない少数である。日本人でありながらロシア人やアメリカ人になったような気持ちで浮かれた事を満載した書物はよく売れると見えて有り過ぎるほど・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ 政府がきめる土地調整法案で地主は必ずしもいま働いている小作人に土地をわける義務はないのだし、この調整法の本来が大地主をもっと数多い小地主にかえることでしかない。ヤグラの上で、盆祭りの赤い腰まきを木の間にちらつかせて涼んでいる農家のかあ・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・ その数多いソヴェトに関する執筆のうち、単行本としてまとめられたのは僅に『新しきシベリアを横切る』一冊であり、それは全部の十分の一にも足りなかった。一九三二年の三月後から一九四五年八月までつづいた日本のファシズム権力は治安維持法と情報局・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・ 我がために涙をながして呉れる人が此の世に只一人でもあるうちは私は必ず幸福であろう、それを今私はめぐみの深い二親も同胞も数多い友達も血縁の者もある。 私の囲りには常にめぐみと友愛と骨肉のいかなる力も引き割く事の出来ない愛情の連鎖がめ・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
出典:青空文庫