・・・俺は文化生活の必要を楯に、たった一つの日本間をもとうとう西洋間にしてしまった。こうすれば常子の目の前でも靴を脱がずにいられるからである。常子は畳のなくなったことを大いに不平に思っているらしい。が、靴足袋をはいているにもせよ、この脚で日本間を・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・それは或文化住宅の前にトラック自動車の運転手と話をしている夢だった。僕はその夢の中にも確かにこの運転手には会ったことがあると思っていた。が、どこで会ったものかは目の醒めた後もわからなかった。「それがふと思い出して見ると、三四年前にたった・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・彼はその宣言の中に人々間の精神交渉を根柢的に打ち崩したものは実にブルジョア文化を醸成した資本主義の経済生活だと断言している。そしてかかる経済生活を打却することによってのみ、正しい文化すなわち人間の交渉が精神的に成り立ちうる世界を成就するだろ・・・ 有島武郎 「想片」
・・・には、できるだけ平面的にものを言ったつもりだが、それでもわからない人にはわからないようだから、なおいっそう平面的に言うならば、第一、私は来たるべき文化がプロレタリアによって築き上げらるべきであり、また築き上げられるであろうと信ずるものである・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・ 椿岳の画の豪放洒脱にして伝統の画法を無視した偶像破壊は明治の初期の沈滞萎靡した画界の珍とする処だが、更にこの畸才を産んだ時代に遡って椿岳の一家及び環境を考うるのは明治の文化史上頗る興味がある。 加うるに椿岳の生涯は江戸の末李より明・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 二 『八犬伝』および失明後終結『八犬伝』は文化十一年、馬琴四十八歳の春肇輯五冊を発行し、連年あるいは隔年に一輯五冊または六、七冊ずつ発梓し、天保十二年七十五歳を以て終結す。その間、年を閲する二十八、巻帙百六冊の・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 知らない、文化住宅のたくさんあるところへ出たときに、年子はこうたずねました。「さあ、私もはじめてなところなの。どこだってかまいませんわ。こうして楽しくお話しながら歩いているんですもの。」「ええ、もっと、もっと歩きましょうね、先・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・しかるに、アカデミックの芸術は、旧文化の擁護である。旧道徳の讃美である。 私達は、IWWの宣言に、サンジカリストの行動に、却って、芸術を見て、所謂、文芸家の手になった作品に、それを見ないのは何故か。彼等の作品が、商品化されたばかりでなく・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・もっとも、文化文化といったって、作家に煙草も吸わさんような政治は困るね。金融封鎖もいいが、こりゃ一種の文化封鎖だよ。僕んとこはもう新円が十二円しかない」「少しはこれで君も貯金が出来るだろう」 ひやかしながら、本棚の本を一冊抜きだして・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・まことにそれも結構であるが、しかし、これが日本の文化主義というものであろうと思って見れば、文化主義の猫になり、杓子になりたがる彼等の心情や美への憧れというものは、まことにいじらしいくらいであり、私のように奈良の近くに住みながら、正倉院見学は・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
出典:青空文庫