・・・私はそのお手紙を読ませていただき、岩見先生というお方は本当に、厳粛な、よい先生だとは思いましたが、その裏には叔父さんのおせっかいがあったのだという事も、そのお手紙の文面で、はっきりわかるのでした。叔父さんは、きっと何か小細工をして岩見先生に・・・ 太宰治 「千代女」
・・・しばらく、手帖のその文面を見つめ、ふっと窓のほうに顔をそむけ、熟柿のような醜い泣きべその顔になる。 さて、汽車は既に、静岡県下にはいっている。 それからの鶴の消息に就いては、鶴の近親の者たちの調査も推測も行きとどかず、どうもはっきり・・・ 太宰治 「犯人」
・・・あなたのお手紙の文面が、やさしく正直なのも大きな悦びでありましたが、それよりも何よりも、私にはあのお手紙の長さが有難かったのです。本当にもうこのごろは、お互い腹のさぐり合いで、十年来の友人でも、あいまいな事をちょっとだけ書いて寄こして、あな・・・ 太宰治 「返事」
・・・ 然らばすなわち、徳行の条目を示し、人たるものはかくあるべし、かくあるべからずと、ていねい反覆その利害を説明して、少年の心を薫陶するこそ、徳育の本意なるべきに、全編の文面を概すれば、むしろ心理学の解釈とも名づくべきものにして、読者をして・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・我輩がかつて戯れに古人の教えを評し、町家の売物に懸直あるが如しといいしもこの辺の意味にして、『女大学』の濃厚苛刻なる文面を正面より受取り、その極端を行わんとするは、とても実際に叶わざることなれども、さりとて教えの言として見れば道理に差支ある・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・その通知には、本人の幸福のため廃嫡して結婚致させたるものに御座候という文面が添えがきされていた。 慈悲ある親は、戸主になる可愛い娘の幸福のためには、敢て廃嫡して結婚させてやるような複雑な何ものかが、日本の女の戸主の社会的な条件にこもって・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・ 広い耕地を見晴す縁側の柱の下に坐り、自分は、幾度も、幾度も繰返して文面を見た。第一、なくなられたという深田という人が、誰であったか、どうしても思い出せない。女学校を出てから、殆ど五年ばかりになる。学校にいた時分と同じ姓なら、いくら、人・・・ 宮本百合子 「追想」
・・・或る時はそれを受とりに立ったままの姿勢で、或る時は板壁に向って作りつけてある小机に向い、それ等の一枚一枚を私は貪るように繰返し読むのであったが、文面に真心をこめてのべられている弔辞と、自分の胸に満ちている情感とにどこか性質の違うところがある・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・お蝶の名だけはお蝶が自筆で書いている。文面の概略はこうである。「今年の暮に機屋一家は破産しそうである。それはお蝶が親の詞に背いた為めである。お蝶が死んだら、債権者も過酷な手段は取るまい。佐野も東京には出て見たが、神経衰弱の為めに、学業の成績・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫