・・・「文鳥」のようなものが佳いと思う。「猫」、「坊ちやん」、「草枕」、「ロンドン塔」、「カーライル博物館」、こんなものが好きだ。 要するに夏目さんは、感覚の鋭敏な人、駄洒落を決して言わぬ人、談話趣味の高級な人、そして上品なウイットの人なので・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・じゃ、姉さんは、文鳥を知っているだろう。ちょうど、あんなような鳥なのさ。」と、達ちゃんは、いいました。すると、こんど、お兄さんが、「うそなら、寒い方にいる鳥だ。そして、それがどうしたというんだい。」と、きかれました。「秀公が、小さい・・・ 小川未明 「二少年の話」
十月早稲田に移る。伽藍のような書斎にただ一人、片づけた顔を頬杖で支えていると、三重吉が来て、鳥を御飼いなさいと云う。飼ってもいいと答えた。しかし念のためだから、何を飼うのかねと聞いたら、文鳥ですと云う返事であった。 文鳥は三重吉の・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・紅雀、じゅうしまつ、きんぱら、文鳥などが一つがい、二つがいずついる。少し空が曇り、北風でも吹くと、元気な文鳥以外のものは、皆声も立てず、止り木の上にじっとかたまって、時雨れる障子のかげを見ているのである。 人間でも気が滅入り、火鉢の火で・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・「どうしたの、なあに?」「文鳥が逃げちゃった。そこにいるのに」 成程! 籠の中は一羽だ。つい鉢前の、菊の芽生えの青々とした低いかげにもう一羽が出ている。外にいる方の文鳥は、見違えるほど綺麗に感じられた。瑞々しい、青い、四月の菊の・・・ 宮本百合子 「春」
出典:青空文庫