・・・彼は二人から遠ざかるように少し斜めに歩いた。相手は彼を知らないで通り過ぎた。ちょっと行ってから彼は振りかえってみた。二人は肩を並べて歩いてゆく。やってやがると思った。が振りかえった自分に赤くなった。 図書館は公園の中にあった。龍介は歩き・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ その人は身を斜めにし、うんと腰に力を入れて、土の塊を掘起しながら話した。風が来て青麦を渡るのと、谷川の音と、その間には蛙の鳴声も混って、どうかすると二人の話はとぎれとぎれに通ずる。「桜井先生や、広岡先生には、せめて御住宅ぐらいを造・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・しっかとあぐらの腰をおちつけて、つまり斜めにかまえていた。「おなじくらいですな。」彼は駒を箱にしまいこみながら、まじめに呟いた。「横になりませんか。あああ。疲れましたね。」 僕は失礼して脚をのばした。頭のうしろがちきちき痛んだ。青扇・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・深夜、人っ子ひとり通らぬ街路を、吹雪だけが轟々の音を立て白く渦巻き荒れ狂い、私は肩をすぼめ、からだを斜めにして停車場へ急いだ。青森駅前の屋台店で、支那そば一ぱい食べたきりで、そのまま私は上野行の汽車に乗り、ふるさとの誰とも逢わず、まっすぐに・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ 夕日が画のように斜めにさし渡った。 さっきの下士があそこに乗っている。あの一段高い米の叺の積み荷の上に突っ立っているのが彼奴だ。苦しくってとても歩けんから、鞍山站まで乗せていってくれと頼んだ。すると彼奴め、兵を乗せる車ではない、歩・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 弥勒の村は、今では変わってにぎやかになったけれども、その時分はさびしいさびしい村だッた、その湯屋の煙突からは、静かに白い煙が立ち、用水縁の小川屋の前の畠では、百姓の塵埃を燃している煙が斜めになびいていた。 私とO君とは、その小川屋・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・ これらの小片は動植物界のものばかりでなく鉱物界からのものもあった。斜めに日光にすかして見ると、雲母の小片が銀色の鱗のようにきらきら光っていた。 だんだん見て行くうちにこの沢山な物のかけらの歴史がかなりに面白いもののように思われて来・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・トランペットやトロンボンのはげしい爆音の林立が斜めに交互する槍の行列のような光線で示されるところもあったようである。 なんだかちっともわからないようで、しかしなんだか妙におもしろいものである。これと非常によく似たものが他にどこかにあるよ・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・先生は芝居の桟敷にいる最中といえども、女が折々思出したように顔を斜めに浮かして、丁度仏画の人物の如く綺麗にそろえた指の平で絶えず鬢の形を気にする有様をも見逃さない。さればいよいよ湯上りの両肌脱ぎ、家が潰れようが地面が裂けようが、われ関せず焉・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・車の馳せ行く麹町の大通りには、松竹の注目飾り、鬼灯提灯、引幕、高張、幟や旗のさまざまが、汚れた瓦屋根と、新築した家の生々しい木の板とに対照して、少しの調和もない混乱をば、なお更無残に、三時過ぎの日光が斜めに眩しく照している。調子の合わない広・・・ 永井荷風 「深川の唄」
出典:青空文庫