・・・私は都会の寒空に慄えながら、ずいぶん彼女たちのことを思ったのだが、いっしょに暮すことができなかったので、私は雪おんなの子を抱いてやるとその人は死ぬという郷里の伝説を藉りて、そうした情愛の世界は断ち切りたいと、しいて思ったものであった。「雪子・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・いま、ここで忍従の鎖を断ち切り、それがために、どんな悲惨の地獄に落ちても、私は後悔しないだろう。だめなのだ。もう、これ以上、私は自身を卑屈にできない。自由! そうして、笠井さんは、旅に出た。 なぜ、信州を選んだのか。他に、知らないか・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・物慾皆無にして、諸道具への愛着の念を断ち切り涼しく過し居れる人と、形はやや相似たれども、その心境の深浅の差は、まさに千尋なり。十四、わが身にとりて忌むもの多し。犬、蛇、毛虫、このごろのまた蠅のうるさき事よ。ほら吹き、最もきらい也。十・・・ 太宰治 「花吹雪」
出典:青空文庫