・・・空気――風――と光線とは誰の所有に属するかは、多分、典獄か検事局かに属するんだろう――知らなかったが、私達の所有は断乎として禁じられていた。 それが今、声帯は躍動し、鼓膜は裂けるばかりに、同志の言葉に震え騒いでいる。 ――この上に、・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・し、これに反するものは必ず害を被りて免るべからざること、既に明らかなれば、理論上の正邪はともかくも、一国人民として自国自家のために、決して軽んずべからざるの大義にして、即ち我輩がいかなる事情に逢うも、断乎として一毫をも仮さざる由縁なり。・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・しかしキュリー夫人はあたりの動乱に断乎として耳をかさず、憂いと堅忍との輝いている独特な灰色の眼で、日光をあびたフランス平野の景色を眺めていた。ボルドーには避難して来た人々があふれていて、キュリー夫人では重くて運びきれない百万フランの価格を持・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・「断乎処断する」というような意気ごみの、最初の実例とされることに抗議します。なぜなら、起訴は、実際上もうおくれた時機であって、こんどのやりかたは、「石中先生」「裸者と死者」で達せられなかった「法の威力」をしめそうとする目的に立っていることが・・・ 宮本百合子 「「チャタレー夫人の恋人」の起訴につよく抗議する」
・・・代のアグネスの内部に常に対立していて激しく噛みあっていた女としての本来は健全な性的欲求と、女がこの社会で女であるために受けて行かなければならない常套的な結婚生活における様々の半奴隷的事情、因習に対する断乎たる闘争の決心との間の心理的な相剋葛・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・そして文学運動における左傾と右傾の両偏向に対しては、従来の断乎たる態度をもって、闘争を継続しなければならない。 確乎たる指導、一切の偏向及び歪曲との断乎たる闘争、文学における真に正しいプロレタリア的方針の確立、これらが国際局の前に横たわ・・・ 宮本百合子 「ニッポン三週間」
・・・ そのことは、日本画家の一種の紊風を示す話でもあり、又母が実際家であって、利害を守るにも鋭く、そういう点でも断乎としていたことをも示す面白い話だが、当時母はそんな事情はちっとも云わなかった。ただ、あの何とかさんの筆は死んでるからおやめだ・・・ 宮本百合子 「母」
・・・ろしい無秩序と官僚風のしみとおったスクータリーへ、新しい敷布を一とおり行きわたらせるためにでもナイチンゲールは、厳格な方法、きっちりした規律、些事をゆるがせにしない厳密な注意、不断の努力、不屈の意志と断乎とした決心が入用であった。彼女の平静・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・これは労働組合法によって、ストライキの権利を持ち、集団的行動の自由を獲得した勤労大衆を威嚇しようとして「暴行脅迫又は所有権の侵害の虞ある場合にはそれを不法行為として断乎取締る。」という声明が、内務、司法、商工、厚生四人の大臣によって、発せら・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ 床前に端座した栖方は、いつもの彼には見られぬ上官らしい威厳で首を横に振った。断乎とした彼の即決で、句会はそのまま続行された。高田の披講で一座の作句が読みあげられていくに随い、梶と高田の二作がしばらく高点を競りあいつつ、しだいにまた高田・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫