・・・ 日華洋行の宿直室には、長椅子に寝ころんだ書記の今西が、余り明くない電燈の下に、新刊の雑誌を拡げていた。が、やがて手近の卓子の上へ、その雑誌をばたりと抛ると、大事そうに上衣の隠しから、一枚の写真をとり出した。そうしてそれを眺めながら、蒼・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・この人はタウンゼンド氏に比べると、時々は新刊書も覗いて見るらしい。現に学校の英語会に「最近の亜米利加の小説家」と云う大講演をやったこともある。もっともその講演によれば、最近の亜米利加の大小説家はロバアト・ルイズ・スティヴンソンかオオ・ヘンリ・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・ そう云う苦しい思いをして、やっと店をぬけ出したのは、まだ西日の照りつける、五時少し前でしたが、その時妙な事があったと云うのは、小僧の一人が揃えて出した日和下駄を突かけて、新刊書類の建看板が未に生乾きのペンキのにおいを漂わしている後から・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 東京堂月報に拠ると昭和八年上半期の新刊書数は、実に二千四百余種に達しています。これに後半期を入れて一ヶ年にしたら、夥しき数に上るでありましょう。この点近代人が、木版、手摺の昔の出版界時代を幼穉に感ずるのも無理がありません。 し・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・未知の恋人同様、会わなければ会わないで、また心安らかであろう。新刊書が入手しにくくなったという苦情もきくが、しかし、入手し損って一生の損失になるようなそんな新刊書がどれくらいあろうか。噂だけきいて会うことの出来なかった恋人でも、いざ会うてみ・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・めまぐるしい文学上の主張や流行の変化を田舎にいて一々知り得る由もないが、わけてもこの頃のあわただしさは、東京にいても、二三カ月仕事に打ちこんで新刊の雑誌新聞に目を通すひまなしにいようものなら、取り残されて分らなくなるのではあるまいか。 ・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・なんの感激も無しに立って、「卓に向い、その時たまたま記憶に甦って来た曾遊のスコットランドの風景を偲ぶ詩を二三行書くともなく書きとどめ、新刊の書物の数頁を読むともなく読み終ると、『いやに胸騒ぎがするな』と呟きながら、小机の抽斗から拳銃を取り出・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・芹川さんは、おいでになる度毎に何か新刊の雑誌やら、小説集やらを持って来られて、いろいろと私に小説の筋書や、また作家たちの噂話を聞かせて下さるのですが、どうも余り熱中しているので、可笑しいと思って居りましたところが、或る日とうとう芹川さんは、・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・ ふところから、新刊の文芸雑誌を出して、パラパラ頁を繰って、その、僕の名前の出ているところを捜している様子である。「やめろ!」 こらえ切れず、僕は怒声を発した。打ち据えてやりたいくらいの憎悪を感じた。「そんなものを、読むもん・・・ 太宰治 「眉山」
・・・あなたの御亭主は、どんな小説を書いているのか、妙な好奇心から東京の本屋に注文して島田哲郎の新刊書を四五種類取り寄せました。取り寄せなければよかった。あれを読んで私はどんなにみじめに苦しんだか、あなたには想像もつかないでしょう。島田さんの、い・・・ 太宰治 「冬の花火」
出典:青空文庫