・・・わたくしは新築せられた弘福禅寺の堂宇を見ようとしたが、外は暗く、唯低い樹の茂りが見えるばかり。やがて公園の入口らしい処へ駐って、車は川の見える堤へ上った。堤はどの辺かと思う時、車掌が大倉別邸前といったので、長命寺はとうに過ぎて、むかしならば・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・本堂は間もなく寄附金によって、基督新教の会堂の如く半分西洋風に新築されるという話……ああ何たる進歩であろう。 私は記憶している。まだ六ツか七ツの時分、芝の増上寺から移ってこの伝通院の住職になった老僧が、紫の紐をつけた長柄の駕籠に乗り、随・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・十二月も早や二十日過ぎなので、電車の馳せ行く麹町の大通りには、松竹の注目飾り、鬼灯提灯、引幕、高張、幟や旗のさまざまが、汚れた瓦屋根と、新築した家の生々しい木の板とに対照して、少しの調和もない混乱をば、なお更無残に、三時過ぎの日光が斜めに眩・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・向こうの藤棚の陰に見える少し出張った新築の中二階などとくらべると、まるで比較にならないほど趣が違っていた。「こんな所にはいっていたのか」と思いながら、自分は茶をのんでしばらく座敷を見回していたが、やがて硯を借りて、重吉の所へやる手紙を書・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・婦人の地位を高尚にするの新案は、あたかも我が国未曾有の家屋を新築するものにして、我輩固より意見を同じうするのみならず、敢えて発起者中の一部分を以て自ら居る者なれども、満目焔々たる大火の消防に忙わしくして、なお未だ新築に遑あらず。故に今後は、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・「へえ、昨年新築致しましたんで、一夏お貸ししただけでございます。手前どもでは、よそのようにどんな方にでもお貸ししたくないもんですから……どうも御病人は、ねえあなた」 筒袖絆纏を着た六十ばかりの神さんが、四畳の方の敷居の外からそのよう・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・大阪朝日十万円で社を新築すと素川よりきく。妻が寅彦の所へ餞別をもつて行く。シャツ、ヅボン下、鰻の罐詰、茶、海苔等なり。電話にて春陽堂へ『文学論評』の送付を促がす。売切の由答あり。二十五六日頃再版出来のよし」などと文化史的な興味深い記述の最後・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
・・・ 大工の働いている新築の工事場で 全体の光景がいつもより手近に見え しめりをふくんで/しめっぽく 新しい木の匂い、おがくず、かんなくずの匂が漂って来た。○濃い新緑の間からトタン板が水っぽく光った。〔欄外に〕 遠いクレーン・・・ 宮本百合子 「窓からの風景(六月――)」
・・・ そこで本屋はあれこれを風呂敷につつんで行って見たところが、そこは新築したばかりの邸宅で、西洋間の応接室に堂々たる書架がついている。が、そこが空っぽで入れるものがないからという注文であったことが判明した。 本屋は早速見つくろって幾通・・・ 宮本百合子 「見つくろい」
・・・「小石川区小日向台町何丁目何番地に新築落成して横浜市より引き移りし株式業深淵某氏宅にては、二月十七日の晩に新宅祝として、友人を招き、宴会を催し、深更に及びし為め、一二名宿泊することとなりたるに、其一名にて主人の親友なる、芝区南佐久間町何・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫