・・・嫌ひな理由の第一は、妙に宿場じみ、新開地じみた町の感じや、所謂武蔵野が見えたりして、安直なセンチメンタリズムが厭なのである。さういふものゝ僕の住んでゐる田端もやはり東京の郊外である。だから、あんまり愉快ではない。・・・ 芥川竜之介 「東京に生れて」
・・・植民的精神と新開地的趣味とは、かくて驚くべき勢力を人生に植えつけている。 見よ、ヨーロッパが暗黒時代の深き眠りから醒めて以来、幾十万の勇敢なる風雲児が、いかに男らしき遠征をアメリカアフリカ濠州および我がアジアの大部分に向って試みたかを。・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 新開地にできた工場が、並び合って二つありました。一つの工場は紡績工場でありました。そして一つの工場は、製紙工場でありました。毎朝、五時に汽笛が鳴るのですが、いつもこの二つは前後して、同じ時刻に鳴るのでした。 二つの工場の屋根には、・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・この店は酒も薪も量炭も売り、大庭もこの店から炭薪を取り、お源も此店へ炭を買いに来るのである。新開地は店を早く終うのでこの店も最早閉っていた。磯は少時く此店の前を迂路々々していたが急に店の軒下に積である炭俵の一個をひょいと肩に乗て直ぐ横の田甫・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・新潟のまちは、新開地の感じでありましたが、けれども、ところどころに古い廃屋が、取毀すのも面倒といった工合いに置き残されていて、それを見ると、不思議に文化が感ぜられ、流石に明治初年に栄えた港だということが、私のような鈍感な旅行者にもわかるので・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・のあらしのために、わが国の人の心に自然なあらゆるものが根こぎにされて、そのかわりにペンキ塗りの思想や蝋細工のイズムが、新開地の雑貨店や小料理屋のように雑然と無格好に打ち建てられている最中に、それほどとも思われぬ天然の風景がほうぼうで保存せら・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・大震後横浜から鎌倉へかけて被害の状況を見学に行ったとき、かの地方の丘陵のふもとを縫う古い村家が存外平気で残っているのに、田んぼの中に発展した新開地の新式家屋がひどくめちゃめちゃに破壊されているのを見た時につくづくそういう事を考えさせられたの・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・私なら、ああいう場処に住むのはいやと思った。新開地で樹木が一本もなく赭土がむき出しなばかりではない。現代の文明の生きた問題が、動いて売り地の札を立てたり、金を出したり、作業している。土地の発展、時代の趨勢と称する土地分譲は、根に大きな底潮を・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・座敷から人物まで、総て新開地の料理店で見るような光景を呈している。「なんにしろ、大勢行っていたのだが、本当に財産を拵えた人は、晨星寥々さ。戦争が始まってからは丸一年になる。旅順は落ちると云う時期に、身上の有るだけを酒にして、漁師仲間を大・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫