・・・これは海軟風ととなえるもので、地方によりいろいろな方言があります。陸地の上の空気は海上よりも強くあたたまり、膨張して高い所の空気が持ち上がるから、そこで海のほうへあふれ出すので、それを補うため、下では海面から陸のほうへ空気が流れ込むのがすな・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
・・・日本にいる人は英語なら誰の使う英語でも大概似たもんだと思っているかも知れないが、やはり日本と同じ事で、国々の方言があり身分の高下がありなどして、それはそれは千違万別である。しかし教育ある上等社会の言語はたいてい通ずるから差支ないが、この倫敦・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・一地方にありて独立独行、百事他人に殊なりと称する人にても、その言語には方言を用い、壁を隔ててこれを聞くも、某地方の人たるを知るべし。今この方言は誰れに学びたりやと尋ぬるに、これを教えたる者なし。教うる者なくしてこれを知る。すなわち地方の空気・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・ 何の苦労と云う事も知らずに育った仙二は折々は都会のにぎやかな生活をするのでその土地の方言は必してつかわなかった。 下帯一枚ではだしで道を歩く女達が太い声で、ごく聞きにくい土着の言葉を遠慮もなくどなり散らすのを聞くと知らず知らず仙二・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・友代の方言がうまいというばかりでなく心もちのニュアンスをつたえる表現としてこなされていたのは心持よいことであった。 そして、友代の成功であの芝居が真情的なものに貫かれていたとも云えそうなところに脚本としていろいろ興味ある問題がひそんでい・・・ 宮本百合子 「「建設の明暗」の印象」
・・・などの作品にもふれることであるが、われわれは広汎な意味でのプロレタリア文学における自然描写の問題、方言の問題などについてもリアリズムの理解を一層深めなければならない。私はこの力作の検討の上に立って作者がさらに健康な発展に向うことを切望してや・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・一体この土地には限らず、方言というものは、怒って悪口を言うような時、最も純粋に現れるものである。目上の人に物を言ったり何かすることになれば、修飾するから特色がなくなってしまう。この女の今しゃべっているのが、純粋な豊前語である。 そこで内・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・そして、さっそく色紙へ、「方言のなまりなつかし胡瓜もみ」という句を書きつけたりした。 栖方たちが帰っていってから十数日たったある日、また高田ひとりが梶のところへ来た。この日の高田は凋れていた。そして、梶に、昨日憲兵が来ていうには・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫