・・・しかし、その不安の中にも、一月ばかりの日数は、何事もなく過ぎてしまいました。そうして、その中に年が改まりました。私は勿論、あの第二の私を忘れた訳ではございません。が、月日の経つのに従って、私の恐怖なり不安なりは、次第に柔らげられて参りました・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・「その内に追い追い日数が経って、とうとう竜の天上する三月三日になってしまいました。そこで恵印は約束の手前、今更ほかに致し方もございませんから、渋々叔母の尼の伴をして、猿沢の池が一目に見えるあの興福寺の南大門の石段の上へ参りました。丁度そ・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・何も穿鑿をするのではないけれど、実は日数の少ないのに、汽車の遊びを貪った旅行で、行途は上野から高崎、妙義山を見つつ、横川、熊の平、浅間を眺め、軽井沢、追分をすぎ、篠の井線に乗り替えて、姨捨田毎を窓から覗いて、泊りはそこで松本が予定であった。・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・その卵が孵化して一ぴきの虫となって、体に自分のような美しい羽がはえて自由にあたりを飛べるようになるには、かなりの日数がなければならぬからでした。「ああ、かわいそうに、こんな時分に生まれてこなければよかったのに……。」といって、女ちょうは・・・ 小川未明 「冬のちょう」
・・・小さいのは、まだ生まれてから日数のたたない子ぐまで、大きいのは、母ぐまでした。二匹は、いま自分たちが、人間にねらわれているということもしらずに、楽しく遊んでいたのであります。子ぐまは、お乳を飲みあきたか、それとも、とちの実をたべあきたか、お・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
・・・一つ欠席日数超過、二つ教師の反感を買っていること、三つ心身共に堕落していること、例えば髪の毛が長すぎる云々。 私は希望通り現級に止まったが、私より一足さきに卒業した友人がノートを残して行ってくれたので、私は毎年同じ講義のノートをもう一つ・・・ 織田作之助 「髪」
・・・そして手紙の日づけと配達された日との消印の間に二十日ほど経っているが、それが検閲に費された日数なのであろう。そしてその細罫二十五行ほどに、ぎっしりと、ガラスのペンか何かで、墨汁の細字がいっぱいに認められてある。そしてちょっと不思議に感じられ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・あだに費やすべきこの後の日数に、心慰みの一つにても多かれ。美しき獲物ぞ。とのどかに葉巻を燻らせながら、しばらくして、資産家もまた妙ならずや。あわれこの時を失わじ。と独り笑み傾けてまた煙を吐き出しぬ。 峰の雲は相追うて飛べり。松も遠山も見・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・そこでその四五日は雁坂の山を望んでは、ああとてもあの山は越えられぬと肚の中で悲しみかえっていたが、一度その意を起したので日数の立つ中にはだんだんと人の談話や何かが耳に止まるため、次第次第に雁坂を越えるについての知識を拾い得た。そうするとまた・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・それに国との手紙の往復にも多くの日数がかかり世界大戦争の始まってからはことに事情も通じがたいもどかしさに加えて、三年の月日の間には国のほうで起こった不慮な出来事とか種々の故障とかがいっそう旅を困難にした。私も、外国生活の不便はかねて覚悟して・・・ 島崎藤村 「分配」
出典:青空文庫