・・・中には戯文や駄洒落の才を頼んで京伝三馬の旧套を追う、あたかも今の歌舞伎役者が万更時代の推移を知らないでもないが、手の出しようもなくて歌舞伎年代記を繰返していると同じであった。が、大勢は終に滔々として渠らを置去りにした。 かかる折から卒然・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・とあれば、天国とは人の心の福なる状態であると云う、人類の審判に関わるイエスの大説教(馬太伝二十四章・馬可は是猶太思想の遺物なりと称して、之を以てイエスの熱心を賞揚すると同時に彼の思想の未だ猶太思想の旧套を脱卻する能わざりしを憐む、彼等は神の・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ 天下の人心すでに改進に赴きたりといえども、億兆の人民とみに旧套を脱すべきに非ず。改進は上流にはじまりて下流に及ぼすものなれば、今の日本国内において改進を悦ぶ者は上流の一方にありて、下流の一方は未だこれに達すること能わず。すなわち廃藩置・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・或は市中公会等の席にて旧套の門閥流を通用せしめざるは無論なれども、家に帰れば老人の口碑も聞き細君の愚痴も喧しきがために、残夢まさに醒めんとしてまた間眠するの状なきにあらず。これ等の事情をもって考るに、今の成行きにて事変なければ格別なれども、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・今の法律を改めて旧套に返るべきや。平民の乗馬を禁ずべきや。次三男の自主独立をとどむべきや。 これを要するに、開進の今日に到着して、かえりみて封建世禄の古制に復せんとするは、喬木より幽谷に移るものにして、何等の力を用うるも、とうてい行わる・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・ 最近、彼が、もう一年近い沈黙の間にどう旧套を脱されるかと云うことが、自分にとって一つの大きな、楽しい期待であったのである。 ところが、彼は、そこを踏み切るにああ云う道に出られた。 男の四十六歳はあれ程危険な年齢か。 彼の青・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・加わって来るにつれて、男は妻をますます家政の守りとして求め、その求めてゆく心にいつしか日本の社会の古い古い陰翳が落ちて、新しい世代の賢さから生れる家政上手に信頼をつなごうとするより、そのことではむしろ旧套にたよった守勢をとる。 両性の向・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・蓊助君は、漫画修行による人生観察の過程で、旧套の重荷に反撥して自らを破ることが、新世代にのしかかる圧力を克服することではないことを、既に学んでいるであろう。昨今の世界情勢の中を行く旅行について父藤村氏の「自由主義的慧眼」に希望している希望に・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・信用というと、とかく間違いないという面でだけ内容づけられて来たのが旧套であったと思う。どこへおいても大丈夫なひと、そういう表現の与えられることもある。しかし、旧来そう云われる標準は、常識のどこに根拠をおいているかと考えると、自信がなくてと不・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・俳優の生活は旧套の中から既に舞台芸術家として、新しい生活方法に入っている前進座のような実例がありますが、音楽家には、ここで俳優と並べて云うことさえ無礼であると感じられるような、遅れた自尊心、個人的な見解が強くのこっているのではないでしょうか・・・ 宮本百合子 「期待と切望」
出典:青空文庫