・・・殊に鴎外は早熟で、年齢を早めて入学したからマダ全くの少年だった。が、少年の筆らしくない該博の識見に驚嘆した読売の編輯局は必ずや世に聞ゆる知名の学者の覆面か、あるいは隠れたる篤学であろうと想像し、敬意を表しかたがた今後の寄書をも仰ぐべく特に社・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・倉蔵は言葉を早めて、益々小さな声で「然し晩になると大概校長さんが来ますからその時だけは幾干か気嫌が宜えだが校長さんも感心に如何なんと言われても逆からわないで温和うしているもんだから何時か老先生も少しは機嫌が可くなるだ……」「倉蔵! ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ 彼等は、暫らく行くと、急に速力を早めた。そして最大の速力で、銃弾の射程距離外に出てしまった。 そこで、つるすことを禁じられていた鈴をポケットから出して馬につけ、のんきに、快く橇を駆った。 今までポケットで休んでいた鈴は、さわや・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ ウイリイは、馬を早めて、丘や谷をどんどん越して、しまいに大きな、涼しい森の中へはいりました。そして、馬の息を休めるために、ゆっくり歩きました。 そのうちにウイリイは、ふと、向うの方に何かきらきら光るものが落ちているのに目をとめまし・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ 銭湯から帰って、早めの夕食をたべた。お酒も出た。「酒だってあるし、」大隅君は、酒を飲みながら、叱るような口調で私に言うのである。「お料理だって、こんなにたくさん出来るじゃないか。君たちはめぐまれ過ぎているんだ。」 大隅君が北京・・・ 太宰治 「佳日」
・・・足をこころもち早めた。一歩一歩あるくたびごとに、霜でふくれあがった土が鶉か梟の呟きのようなおかしい低音をたててくだけるのだ。「いや。」僕はわざと笑った。「そんなことでなしに、何かお仕事でもはじめていませんか?」「もう、骨のずいからの・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・私は追いすがるように、二、三歩足を早めて、「何か兄さんに言われましたか?」「いいえ。」北さんは、歩をゆるめて、しんみりした口調で言った。「そんな心配は、もう、なさらないほうがいい。私は今夜は、いい気持でした。文治さんと英治さんとあなたと・・・ 太宰治 「故郷」
・・・ピイと発車の笛が鳴って、車台が一、二間ほど出て、急にまたその速力が早められた時、どうした機会か少なくとも横にいた乗客の二、三が中心を失って倒れかかってきたためでもあろうが、令嬢の美にうっとりとしていたかれの手が真鍮の棒から離れたと同時に、そ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・また特にフィルムの繰り出し方を早めあるいは緩めて見せる事によって色々の知識を授ける事が出来る。例えば植物の生長の模様、動物の心臓の鼓動、昆虫の羽の運動の仕方などがそうである。それよりも一層重要だと思うのは、万人の知っているべきはずの主要な工・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・網の竿をのばしたと思うと急に足を早めて網を投げた。黒いものが立つと思うと網にかかった。バタ/\している。要太郎も走る。精も走る。綺麗な鴫だ。ドレドレと精は急いで受取って足を握って羽をバタ/\さす。「綺麗な鳥よ、綺麗ジャノー。」「遁しちゃ厭で・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
出典:青空文庫