・・・そうして、半分泣き声で、早口に何かしゃべり立てます。切れ切れに、語が耳へはいる所では、万一娘に逃げられたら、自分がどんなひどい目に遇うかも知れないと、こう云っているらしいのでございますな。が、こっちもここにいては命にかかわると云う時でござい・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・彼女は現に僕の顔へ時々素早い目をやりながら、早口に譚と問答をし出した。けれども唖に変らない僕はこの時もやはりいつもの通り、唯二人の顔色を見比べているより外はなかった。「君はいつ長沙へ来たと尋くからね、おととい来たばかりだと返事をすると、・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・ 小僧は早口にこう云った。兎の皮の耳袋をした顔も妙に生き生きと赫いていた。「誰が轢かれたんだい?」「踏切り番です。学校の生徒の轢かれそうになったのを助けようと思って轢かれたんです。ほら、八幡前に永井って本屋があるでしょう? あす・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・広岡の妻も背に赤ん坊を背負って、早口にいい募っていた。顔を血だらけにして泥まみれになった佐藤の跡から仁右衛門が這入って来るのを見ると、佐藤の妻は訳を聞く事もせずにがたがた震える歯を噛み合せて猿のように唇の間からむき出しながら仁右衛門の前に立・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・その花むこの雄々しかった事、花よめの美しかった事は燕の早口でも申しつくせませんかった。 天気のよい秋びよりは日がくれると急に寒くなるものです。さすがににぎやかだった御婚礼が済みますと、町はまたもとのとおりに静かになって夜がしだいにふけて・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ 親仁は流に攫われまいと、両手で、その死体の半はいまだ水に漂っているのをしっかり押えながら、わなわなと震えて早口に経を唱えた。 けれどもこれは恐れたのでも驚いたのでもなかったのである。助かるすべもありそうな、見た処の一枝の花を、いざ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・すこと、丸顔で、小造に、肥っておいで遊ばす、血の気の多い方、髪をいつも西洋風にお結びなすって、貴方、その時なんぞは銀行からお帰りそうそうと見えまして、白襟で小紋のお召を二枚も襲ねていらっしゃいまして、早口で弁舌の爽な、ちょこまかにあれこれあ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ としみじみ、早口の女の声も理に落ちまして、いわゆる誠はその色に顕れたのでありますから、唯今怪しい事などは、身の廻り百由旬の内へ寄せ附けないという、見立てに預りました小宮山も、これを信じない訳には行かなくなったのでありまする。「そり・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・とU氏は早口に点頭いて、「ホントウだから困ってしまった。」 U氏が最初からの口吻ではYがこの事件に関係があるらしいので、Yが夫人の道に外れた恋の取持ちでもした乎、あるいは逢曳の使いか手紙の取次でもしたかと早合点して、「それじゃアYが・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 気がつくと、前歯が一枚抜けているせいか、早口になると彼の言葉はひどく湿り気を帯びた。「…………」 私は言うべきことがなかった。すると、もう男はまるで喧嘩腰になった。「あんたも迷信や思いはりまっか、そら、そうでっしゃろ。なん・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫