・・・その年、軽部は五円昇給した。 その年の暮、二ツ井戸の玉突屋日本橋クラブの二階広間で広沢八助連中素人浄瑠璃大会が開かれ、聴衆約百名、盛会であった。軽部村彦こと軽部村寿はそのときはじめて高座に上った。はじめてのことゆえむろん露払いで、ぱ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ともかくあの人は、会社の年に二回の恒例昇給にも取り残されることがしばしばなのだ。あの人の社には帝大出の人はほかに沢山いるわけではなし、また、あの人はひと一倍働き者で、遅刻も早引も欠席もしないで、いいえ、私がさせないで、勤勉につとめているのに・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・あっしゃもうこれで一年以上お情金で食って来たんだがその方の昇給って奴はねえもんかね? こういうエハガキを売るビショップ町ではキャベジ一つ一ペンスである。二三ペンスで茶色に乾いた燻製魚が一匹食える。調子っぱずれなラッパの音がした。よごれく・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫