・・・ 寝間の粗壁を切抜いて形ばかりの明り取りをつけ、藁と薄縁を敷いたうす暗い書斎に、彼は金城鉄壁の思いかで、籠っていた。で得意になって、こういったような文句の手紙を、東京の友人たちへ出したりした。彼ら五人の親子は、五月の初旬にG村へ引移った・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・壁はしみに汚れ、明り取りの窓硝子はところどころ破れ落ちかかって煤けている。おおかた葉をふるうた桜の根には取りくずした木材が乱雑に積み上げられて、壁土が白く散らばった上には落葉が乱れている。模造日本橋は跡方もなくなって両側の土堤も半ば崩れたの・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・天井を見ると左右は低く中央が高く馬の鬣のごとき形ちをしてその一番高い背筋を通して硝子張りの明り取りが着いている。このアチックに洩れて来る光線は皆頭の上から真直に這入る。そうしてその頭の上は硝子一枚を隔てて全世界に通ずる大空である。眼に遮るも・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
出典:青空文庫