・・・ 昼過ぎになると、担当の看守が「明日の願い事」と云って、廻わってくる。キャラメル一つ。林檎 十銭。差入本の「下附願」。書信 封緘葉書二枚。着物の宅下げ願。 運動は一日一度――二十分。入浴は一週二度、理髪は一週・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・く報酬の花鳥使まいらせ候の韻を蹈んできっときっとの呼出状今方貸小袖を温習かけた奥の小座敷へ俊雄を引き入れまだ笑ったばかりの耳元へ旦那のお来臨と二十銭銀貨に忠義を売るお何どんの注進ちぇッと舌打ちしながら明日と詞約えて裏口から逃しやッたる跡の気・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・内儀「何が困るたって、あなた此様に貧乏になりきりまして、実に世間体も恥かしい事で、斯様な裏長屋へ入って、あなたは平気でいらっしゃるけれども、明日食べますお米を買って炊くことが出来ませんよ」七「出来ないって、何うも仕方がない、お米が天・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・世はさびしく、時は難い。明日は、明日はと待ち暮らしてみても、いつまで待ってもそんな明日がやって来そうもない、眼前に見る事柄から起こって来る多くの失望と幻滅の感じとは、いつでも私の心を子供に向けさせた。 そうは言っても、私が自分のすぐそば・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・王女は、「それでは明日一しょに立ちましょう。しかし、とにかく、あちらへいって御飯をたべましょう。」と言いました。ウイリイは、王女の後について立派な大きな広間へとおりました。そこには、ちゃんといろんな御ちそうのお皿がならんでいました。・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ 愈々、明日は、カルカッタに行かなければならないと云う時になりました。スバーは、自分が子供の時から友達であったもの達に別れを告げる為、牛小舎に入って行きました。彼女は自分で芻草をやりました。彼女は、牛達の頸にすがりつき、その顔をつくづく・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・まともに生き切る努力をしようぜ。明日の生活の計画よりは、きょうの没我のパッションが大事です。戦地に行った人たちの事を考えろ。正直はいつの時代でも、美徳だと思います。ごまかそうたって、だめですよ。明日の立派な覚悟より、きょうの、つたない献身が・・・ 太宰治 「或る忠告」
・・・それじゃあ、明日邸へ来てくれ給え。何もかも話して聞せるから。」中尉はくるりと背中を向けて、同僚と一しょに店を出て行った。 門口に出ると、旆騎兵中尉が云った。「あれは誰だい。君に、君だの僕だのという、あの小男は。」「僕と話をする時・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・第三聯隊の砲車が先に出て陣地を占領してしまわなければ明日の戦いはできなかったのだ。そして終夜働いて、翌日はあの戦争。敵の砲弾、味方の砲弾がぐんぐんと厭な音を立てて頭の上を鳴って通った。九十度近い暑い日が脳天からじりじりと照りつけた。四時過ぎ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
襟二つであった。高い立襟で、頸の太さの番号は三十九号であった。七ルウブル出して買った一ダズンの残りであった。それがたったこの二つだけ残っていて、そのお蔭でおれは明日死ななくてはならない。 あの襟の事を悪くは言いたくない・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫