・・・ わたくしは枯蘆の中の水たまりに宵の明星がけいけいとして浮いているのに、覚えず立止って、出来もせぬ俳句を考えたりする中、先へ行く女の姿は早くも夕闇の中にかくれてしまったが、やがて稲荷前の電車停留場へ来ると、その女は電柱の下のベンチに腰を・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・……宵の明星が本丸の櫓の北角にピカと見え初むる時、遠き方より又蹄の音が昼と夜の境を破って白城の方へ近づいて来る。馬は総身に汗をかいて、白い泡を吹いているに、乗手は鞭を鳴らして口笛をふく。戦国のならい、ウィリアムは馬の背で人と成ったのである。・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・与謝野晶子の詩が発表されたとき大町桂月が非国民だと言って当時の『明星』を大批難しました。 最近の十数年間に、日本の婦人作家はどんな戦争反対の活動をしたでしょうか。今日になってみると侵略戦争に反対したモチーフをもっている作品は、例外的にわ・・・ 宮本百合子 「戦争と婦人作家」
・・・ばる御主大切に自分の命を忘れて居る老人、さっきまでの苦労を夢のように、しわの深いかおに笑をあふれるほどたたえて成人した殿兄弟をながめて笑つぼに入って居る、この老人もこの席の中では目出つ人の一人で有るが明星の前の太陽のようにまばゆいほど目出つ・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・と云う面白い小説を書み、自分は明星の色彩音楽について読んで居る。勿論、些も、楽しい読書ではない。本でも読まなければ、顔を見るのもいやな気分になって居たのである。 父は、特に願って家に居て戴いた。入って行くと、西洋間へ、と云うのでAを其処・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫