・・・自分は黙って書いて行きます。発表せずとも、書き残して置くつもりです。自分は明白に十九世紀の人間です。二十世紀の新しい芸術運動に参加する資格がありません。けれども、一粒の種子は、確実に残して置きたい。こんな男もいたという事を、はっきり書いて残・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・このいずれも当面の問題に対しては実に貧弱なデータで、これだけからなんらの確からしい結論も導き出せないことは科学者を待たずとも明白なことである。しかし、われわれの「人情」と「いわゆる常識」はこのからを肯定しようとする強い誘惑を醸成する。 ・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・道徳的にはかつて『見果てぬ夢』という短篇小説中にも書いた通り、特種の時代とその制度の下に発生した花柳界全体は、最初から明白に虚偽を標榜しているだけに、その中にはかえって虚偽ならざるもののある事を嬉しく思うのであった。つまり正当なる社会の偽善・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・その理由は無論明白な話で、前詳しく申上げた開化の定義に立戻って述べるならば、吾々が四五十年間始めてぶつかった、また今でも接触を避ける訳に行かないかの西洋の開化というものは我々よりも数十倍労力節約の機関を有する開化で、また我々よりも数十倍娯楽・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
書物に於ける装幀の趣味は、絵画に於ける額縁や表装と同じく、一つの明白な芸術の「続き」ではないか。彼の画面に対して、あんなにも透視的の奥行きをあたへたり、適度の明暗を反映させたり、よつて以てそれを空間から切りぬき、一つの落付・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・其婬心の深浅厚薄は姑く擱き、婬乱の実を逞うする者は男子に多きか女子に多きか、詮索に及ばずして明白なり。男女同様婬乱なれば離縁せらるゝとあれば、男子として離縁の宣告を被る者は女子に比較して大多数なる可し。然るに本書には特に女子の婬乱を以て離縁・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・某の事物には各其特有の形状備りあれば、某の意も之が為に隠蔽せらるる所ありて明白に見われがたし。之を譬うるに張三も人なり、李四も亦人なり。人に二なければ差別あるべき筈なし。然るに此二人のものを見て我感ずる所に差別あるは何ぞや。人の意尽く張三に・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・そのかげに、世界平和の裂けめをうかがい、日本人民の平和と民主化の裂けめをうかがっている少くない人々が存在していることは明白である。 二十五名の侵略戦争謀議者たちが、その心境を書いたという色紙の文句が新聞につたえられた。「公明日月の如し」・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
一、今日の地位に至れる径路 政略と云うようなものがあるかどうだか知らない。漱石君が今の地位は、彼の地位としては、低きに過ぎても高きに過ぎないことは明白である。然れば今の地位に漱石君がすわるには、何の政策を弄する・・・ 森鴎外 「夏目漱石論」
・・・すなわち民族全体は、最も小さい子供から最も年長の老人に至るまで、その身ぶり、動作、礼儀などに、自明のこととして明白な差別や品位や優美などを現わしていた。王侯や富者の家族においても、従者や奴隷の家族においても、その点は同じであった。 フロ・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫