・・・それでも彼は昼間は威勢よく馬を曳いて出た。彼は紺の腹掛に紺の長いツツポ襦袢を着て三尺帯を前で結んで居た。襦袢の襟を態と開いて腹掛の丼を現わして居た。彼は六十越しても大抵は其時の馬方姿である。従来酒は嫌な上に女の情というものを味う機会がなかっ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・実際昼間から、あのくらいやってるんだよ。ねえ、姉さん」「ねえ」「ねえかも知れないが危険だぜ。ここにこうしていても何だか顔が熱いようだ」と碌さんは、自分の頬ぺたを撫で廻す。「大袈裟な事ばかり云う男だ」「だって君の顔だって、赤く・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・これが昼間見たのだったら何の不思議もなくて倉庫につけられた非常階段だと思えるだろうし、又それほどにまで気を止めないんだろうが、何しろ、私は胸へピッタリ、メスの腹でも当てられたような戦慄を感じた。 私は予感があった。この歪んだ階段を昇ると・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・今日は昼間遊んでおいでなさるんでしょう」「なに、そういうわけでもない」「去らないでおいでなさいよ、後で遊びに行きますから」「東雲さんの吉さんは今日も流連すんだッてね」と、今一人の名山という花魁が言いかけて、顔を洗ッている自分の客・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・それをあの子は知らなんだ。昼間も大抵一人でいた。盆栽の花に水を遣ったり、布団の塵を掃ったり、扉の撮の真鍮を磨いたりする内に、つい日は経ってしもうた。その間、頭の中には、まあ、どんな物があったろう。夢のような何とも知れぬ苦痛の感じが、車の輪の・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・売る小家の梅の莟がち耕すや五石の粟のあるじ顔燕や水田の風に吹かれ顔川狩や楼上の人の見知り顔売卜先生木の下闇の訪はれ顔行く春やおもたき琵琶の抱き心夕顔の花噛む猫やよそ心寂寞と昼間を鮓の馴れ加減 またこの類の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・その昼間のうちはシャツとズボン下だけで頭をかかえて一日小使室に居ましたが夜になってからとうとう警部補にたたき出されてしまいました。バキチはすっかり悄気切ってぶらぶら町を歩きまわってとうとう夜中の十二時にタスケの厩にもぐり込んだって云うんです・・・ 宮沢賢治 「バキチの仕事」
・・・ その日は雨降りだから、すいているだろうと思って昼間の武蔵野館へ行ってみたのであったが、一杯のいりであった。たくさんの女のひとが熱心にみている。ぴったりと吸いよせられて、その肩のあたりや横顔をぼんやり浮上らせている列にそって顔から顔へ視・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・荒川の上から流して来た材木です。昼間はその下で子供が遊んでいますが、奥の方には日もささず、暗くなっている所があります。そこなら風も通しますまい。わたしはこうして毎日通う塩浜の持ち主のところにいます。ついそこの柞の森の中です。夜になったら、藁・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・「僕の光線は昼間は見えないけども、夜だと周囲がぽッと青くて、中が黄色い普通の光です。空に上ったら見ていて下さい。」「あそこでやっている今夜の会議も、君の光の会議かもしれないな。どうもそれより仕様がない。」 暗くなってから二人は帰・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫