・・・唯聊か時流の外に新例を求むるのに急だったのである。その評論家の揶揄を受けたのは、――兎に角あらゆる先覚者は常に薄命に甘んじなければならぬ。 制限 天才もそれぞれ乗り越え難い或制限に拘束されている。その制限を発見することは・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・それ等がたよりで、隠居仕事の寮番という処を、時流に乗って、丸の内辺の某倶楽部を預って暮したが、震災のために、立寄ったその樹の蔭を失って、のちに古女房と二人、京橋三十間堀裏のバラック建のアパアトの小使、兼番人で佗しく住んだ。身辺の寒さ寂しさよ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・いやどうも……柿の渋は一月半おくれても、草履は駈足で時流に追着く。「これを貰いますよ。」 店には、ちょうど適齢前の次男坊といった若いのが、もこもこの羽織を着て、のっそりと立っていた。「貰って穿きますよ。」 と断って……早速な・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 彼のいわゆる作家風々主義というのは、つまり作家なんてものは、どこまでも風々来々的の性質のもので、すべての世間的な名利とか名声とかいうものから超越していなければならぬという意味なのである。時流を超越しなければならぬというのである。こうい・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・私はやっぱり阿呆みたいに、時流にうとい様子の、謂わば「遊戯文学」を書いている。私は、「ぶん」を知っている。私は、矮小の市民である。時流に対して、なんの号令も、できないのである。さすがにそれが、ときどき侘びしくふらと家を出て、石を蹴り蹴り路を・・・ 太宰治 「鴎」
・・・私はこの時流にもまたついて行けない。 私は戦争中に、東条に呆れ、ヒトラアを軽蔑し、それを皆に言いふらしていた。けれどもまた私はこの戦争に於いて、大いに日本に味方しようと思った。私など味方になっても、まるでちっともお役にも何も立たなかった・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・自ら未成の旧稿について饒舌する事の甚しく時流に後れたるが故となすも、また何の妨があろう。 二 まだ築地本願寺側の僑居にあった時、わたしは大に奮励して長篇の小説に筆をつけたことがあった。その題も『黄昏』と命じて、発・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・では友代という女の活動性が謂わば時流にあった形での機械的なあらわれを示しているという批評が一般にされた。原作者の脚色であったそうだから、作者中本たか子氏も、脚色のときはその点に考慮されたところもあったろう。然しながら、舞台での友代の味はやは・・・ 宮本百合子 「「建設の明暗」の印象」
・・・一人の将軍が戦争の時流に乗じたあまり、諸君は地球の引力を否定した武器を発明すべきである、と呼号したりした場合、その言動は人間的非合法なのである。封建の専制支配を堅めるために作られた日本の治安維持法は、制定されるとき、山本宣治の血を流したばか・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・長篇が本質の貧寒さから、時流におされて素材で押し出す傾に陥った対症として、作家が真のモティーヴをもって描く短篇のうちにのこされた文学性がかえりみられたのであった。 しかし、短篇であるにしろ従来の私的身辺小説であるまいとする努力はすべての・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
出典:青空文庫