・・・ 栗島は、憲兵上等兵の監視つきで、事務室へ閉めこまれ、二時間ほど、ボンヤリ椅子に腰かけていた。机の上には、街の女の写真が大きな眼を開けて笑っていた。上等兵は、その写真を手に取って、彼の顔を見ながら、にや/\笑った。女郎の写真を彼が大事が・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・で歩くのであるから、忍耐に忍耐しきれなくなって怖くもなって来れば悲しくもなって来る、とうとう眼を凹ませて死にそうになって家へ帰って、物置の隅で人知れず三時間も寐てその疲労を癒したのであった。そこでその四五日は雁坂の山を望んでは、ああとてもあ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・俺はそこで二時間ほど調べられた。警察の調べのおさらいのようなもので、別に大したことはなかった。調べが終った時、「真夏の留置場は苦しいだろう。」 ないことに、検事がそんな調子でお世辞を云った。「ウ、ウン、元気さ。」 俺はニベも・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・彼女はおよそ何時間ぐらいその床の上に呻き続けたかもよく覚えなかった。唯、しょんぼりと電燈のかげに坐っているような弟の顔が彼女の眼に映った。 翌日は熊吉もにわかに奔走を始めた。おげんは弟が自分のために心配して家を出て行ったことを感づいたが・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・この男等の生涯も単調な、疲労勝な労働、欲しいものがあっても得られない苦、物に反抗するような感情に富んでいるばかりで、気楽に休む時間や、面白く暮す時間は少ないのであるが、この生涯にもやはり目的がないことはあるまいと思われるのである。 この・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・しかし、その毒蛇も竜も、日中一ばん暑いときに三時間だけ寝ますから、そのときをねらって、こっそりとおりぬければ大丈夫です。」と言いました。ウイリイはそのとおりにして、犬と一しょに、無事に城の中へはいりました。 城の門も、中の方々の戸も、す・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・彼は此為には沢山の時間を無駄につぶし、殆ど毎日、昼から釣をしている姿の見えぬ事はありません。彼がスバーに一番ちょくちょく会ったのも斯うやって釣をする時でした。何をするにでも、プラタプは仲間のあるのが好きでした。釣をしている時には、口を利かな・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・そのあとに私が行って、そうして四、五時間そこで仕事をして、女のひとが銀行から帰って来る前に退出する。 愛人とか何とか、そんなものでは無い。私がそのひとのお母さんを知っていて、そうしてそのお母さんは、或る事情で、その娘さんとわかれわかれに・・・ 太宰治 「朝」
・・・まだ時間は早い。文士卓にはもう大勢団欒をしていて、隅の方には銀行員チルナウエルもいた。そこへ竜騎兵中尉が這入って来て、平生の無頓着な、傲慢な調子でこう云った。「諸君のうちで誰か世界を一周して来る気はありませんか。」 ただこれだけで、・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 時間の経っていくのなどはもうかれにはわからなくなった。軍医が来てくれればいいと思ったが、それを続けて考える暇はなかった。新しい苦痛が増した。 床近く蟋蟀が鳴いていた。苦痛に悶えながら、「あ、蟋蟀が鳴いている……」とかれは思った。そ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫