・・・ 譚は晴れ晴れと微笑したまま、丁度この時テエブルを離れた二三人の芸者に挨拶した。が、含芳の立ちかかるのを見ると、殆ど憐みを乞うように何か笑ったりしゃべったりした。のみならずしまいには片手を挙げ、正面の僕を指さしたりした。含芳はちょっとた・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・が、それだけまた彼等の顔に、晴れ晴れした微笑が漂っているのは、一層可憐な気がするのだった。 将軍を始め軍司令部や、兵站監部の将校たちは、外国の従軍武官たちと、その後の小高い土地に、ずらりと椅子を並べていた。そこには参謀肩章だの、副官の襷・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・M子さんは晴れ晴れした顔をしたまま、僕等の何とも言わないうちにくるりと足を返しました。が、温泉宿へ帰る途中はM子さんのお母さんとばかり話していました。僕等は勿論前と同じ松林の中を歩いて行ったのです。けれどもあの赤蜂はもうどこかへ行っていまし・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・ 杜子春の声には今までにない晴れ晴れした調子が罩っていました。「その言葉を忘れるなよ。ではおれは今日限り、二度とお前には遇わないから」 鉄冠子はこう言う内に、もう歩き出していましたが、急に又足を止めて、杜子春の方を振り返ると、・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・と云いながら、帯の間の時計を抜いて、蓋を開けて見せそうにしましたが、ふと新蔵の眼が枕もとの朝顔の花に落ちているのを見ると、急に晴れ晴れした微笑を浮べて、こんな事を話して聞かせました。「この朝顔はね、あの婆の家にいた時から、お敏さんが丹精した・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・欲張りもけちんぼうも年寄りも病人もこのころばかりは晴れ晴れとなって子どものようになりますので、かしげがちの首もまっすぐに、下向きがちの顔も空を見るようになるのがこのごろです。で、往来の人は長々見わすれていた黄金の王子はどうしていられる事かと・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ おとよはだれの目にも判るほどやつれて、この幾日というもの、晴れ晴れした声も花やかな笑いもほとんどおとよに見られなくなった。兄夫婦も母も見ていられなくなった。兄は大抵の事は気にせぬ男だけれどそれでもある時、「おとッつさんのように、そ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と、声をかけられると、人々は急に晴れ晴れした気持ちになって、また仕事にとりかかったのであります。 おじいさんは、この村では、なくてはならぬ人になりました。おじいさんさえいれば、村は平和がつづいたのであります。おじいさんは、若者の相手にも・・・ 小川未明 「犬と人と花」
・・・から誤解されるの、私ほんとうは、あなたたちの事なんだか恐しいの、相手のおかたが、あんまり綺麗すぎるわ、あなたを、うらやんでいるのかも知れないのね、と思っていることをそのまま申し述べましたら、芹川さんも晴れ晴れと御機嫌を直して、そこなのよ、あ・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・ トンネルを出て、電車の速力がやや緩くなったころから、かれはしきりに首を停車場の待合所の方に注いでいたが、ふと見馴れたリボンの色を見得たとみえて、その顔は晴れ晴れしく輝いて胸は躍った。四ツ谷からお茶の水の高等女学校に通う十八歳くらいの少・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫