・・・ 尤も沼南は極めて多忙で、地方の有志者などが頻繁に出入していたから、我々閑人にユックリ坐り込まれるのは迷惑だったに違いない。かつ天下国家の大問題で充満する頭の中には我々閑人のノンキな空談を容れる余地はなかったろうが、応酬に巧みな政客の常・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
「エロチシズムと文学」というテエマが僕に与えられた課題であります。しかし、僕は「エロチシズムと文学」などというけちくさい取るに足らぬ問題について、口角泡を飛ばして喋るほど閑人でもなければ、物好きでもありません。ほかにもっと考・・・ 織田作之助 「猫と杓子について」
・・・実際僕みたいな男はよくよくの閑人なんだ」「ちょっと君。そのレコード止してくれない」聴き手の方の青年はウエイトレスがまたかけはじめた「キャラバン」の方を向いてそう言った。「僕はあのジャッズというやつが大嫌いなんだ。厭だと思い出すととても堪・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・丁度、どの町にも、人々が皆行って休息出来る広場がなくてはならないように、一つの村には、二人か三人、誰にでも相手をしていられる暇人が必要です。そう云う人さえいれば、私共が暇で友達でも欲しくなれば、雑作もなく得られます。 プラタプの何よりの・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・(先生も、学生も、そろって深い溜息いや、しかし之は、閑人のあこがれに終らせてはいけない。諸君は、今日これから直ちに道場へ通わなければならぬ。思う念力、岩をもとおす。私は、もはや老齢で、すでに手おくれかも知れぬが、いや、しかし私だって、――(・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・を批評するのなら、何を言っておいてもあとに証拠が残らないからいいが、金銅の大仏などについてうっかりでたらめな批評でも書いておいて、そうして運悪くこの批評が反古にならずに百年の後になって、もしや物好きな閑人のためにどこかの図書館の棚のちりの奥・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・予想外の応用が意外な閑人的学究の骨董的探求から産出する事は珍しくない。自分は繰返して云いたい。新しい事はやがて古い事である。古い事はやがて新しい事である。 温故知新という事は科学上にも意義ある言葉である。また現代世界の科学界に対する一服・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・こういう点で、この細字書きのレコードは単に閑人の遊戯ばかりともいわれない。考えようによってはランニングや砲丸投げなどのレコードよりもより多く文化的の意義があるかもしれない。体力だけを練るのは未開時代への逆行である。 タイピストの一九二九・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・私は自分が子供の時に九段上の広場で見た、手拭を撚ってこしらえた蛇を地上において、それが今に本当の蛇になると云って、その周囲に円を描いて歩きながら、笛を吹いて往来の暇人を釣っていた妙な男の事を思い出した。そしてその昔の心持と今のとどこか似通っ・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・この点から考えてこの樹葉の紋の研究も決して閑人のむだ仕事ではないであろう。 縞瑪瑙の縞がリーゼガング類似の現象によって生じたものだということになっているらしいが、あの不規則な縞がそれだけでうまく説明されるかどうか、ここにも疑問があると思・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
出典:青空文庫