・・・新婚の二人は幸福に山の手の邸宅に暮している。一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。……… 主筆 勿論震災前でしょうね? 保吉 ええ、震災のずっと前です。……一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・「今日農場内を歩いてみると、開墾のはじめにあなたとここに来ましたね、あの時と百姓の暮らし向きは同じなのに私は驚きました。小作料を徴収したり、成墾費が安く上がったりしたことには成功したかもしれませんが、農場としてはいったいどこが成功してい・・・ 有島武郎 「親子」
・・・初めは両者とも仲よく暮していた。それが、純粋自然主義にあってはたんに見、そして承認するだけの事を、その同棲者が無遠慮にも、行い、かつ主張せんとするようになって、そこにこの不思議なる夫婦は最初の、そして最終の夫婦喧嘩を始めたのである。実行と観・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・それ等がたよりで、隠居仕事の寮番という処を、時流に乗って、丸の内辺の某倶楽部を預って暮したが、震災のために、立寄ったその樹の蔭を失って、のちに古女房と二人、京橋三十間堀裏のバラック建のアパアトの小使、兼番人で佗しく住んだ。身辺の寒さ寂しさよ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・時には三丁と四丁の隔たりはあっても同じ田畝に、思いあっている人の姿を互いに遠くに見ながら働いている時など、よそ目にはわからぬ愉快に日を暮らし、骨の折れる仕事も苦しくは覚えぬのである。まして憎からぬ人と肩肘並べて働けば少しも仕事に苦しみはない・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・其の身はかたく暮して身代にも不足なく子供は二人あったけれ共そうぞくの子は亀丸と云って十一になり姉は小鶴と云って十四であるがみめ形すぐれて国中ひょうばんのきりょうよしであった。不断も加賀染の模様のいいのなんか着せていろいろ身ぎれいにしてやるの・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・五 神楽坂路考 これほどの才人であったが、笑名は商売に忙がしかった乎、但しは註文が難かしかった乎して、縁が遠くてイツまでも独身で暮していた。 その頃牛込の神楽坂に榎本という町医があった。毎日門前に商人が店を出したというほ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ きょうまで暮して来た自分の生涯は、ぱったり断ち切られてしまって、もう自分となんの関係もない、白木の板のようになって自分の背後から浮いて流れて来る。そしてその上に乗る事も、それを拾い上げる事も出来ぬのである。そしてこれから先き生きている・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ その日は、お姉さまといっしょに海辺で遊び暮らして、疲れた足をひきずって家に帰りました。四 明くる日、露子は窓によって、赤い船はいまごろどこを航海していようかと思っていますと、ちょうどそこへ一羽のつばめが、どこからともな・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・ 金さんと私とは、娘の時からの知合いというだけで――それは親同士が近しく暮らしてたものだから、お互いに行ったり来たり、随分一緒にもなって同胞のようにしてたけど……してたというだけで、ただそれだけのものじゃないか、お前さんもよっぽど廻り気の人・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫