・・・「なるものか、そんな約束はしやしない」「なに、したと見傚すんだね」「勝手にかい」「曖昧にさ。そこで君は僕といっしょに熊本へ帰らなくっちゃあ、ならないと云う訳さ」「そんな訳になるかね」「なると思って喜こんでたが、雇人だ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・単に情と云うと曖昧であります。なぜなれば我々が情の活動を得んがために、文芸上の作物を仕上げたり、またはこれを味う時に働かしむる情は、作物中に材料として使用する情とは区別する必要があるからであります。我々は感覚物を感覚物として見るときに一種の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・聞けば主公の安危または外交の利害などいうといえども、その心術の底を叩てこれを極むるときは彼の哲学流の一種にして、人事国事に瘠我慢は無益なりとて、古来日本国の上流社会にもっとも重んずるところの一大主義を曖昧糢糊の間に瞞着したる者なりと評して、・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・だめだ。曖昧だしそれにみんなも越えれまい。「先生、この石何す。」一かけひろって持っている。〔ふん。何だと思います。〕「何だべな。」〔凝灰岩です。ここらはみんなそうですよ。浮岩質の凝灰岩。〕みんなさっきはあしをぬらすまいとしたんだが日・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・そんな曖昧な動物かも知れないものは勿論仁慈に富めるビジテリアン諸氏は食べたり殺したりしないだろう。ところがどうだ諸君諸君が一寸菜っ葉へ酢をかけてたべる、そのとき諸君の胃袋に入って死んでしまうバクテリアの数は百億や二百億じゃ利けゃしない。諸君・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・従って、日本人の返事の曖昧さは、世界でおどろかれる特徴の一つとなりました。私たちは、この習慣をやめなければなりません。 はっきり返事をして、ひとの意見も落付いてきくという躾は、日本人にとって、思っているより大切です。 ひとがもの・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・女らしさというものの曖昧で執拗な桎梏に圧えられながら生活の必要から職業についていて、女らしさが慎ましさを外側から強いるため恋愛もまともに経験せず、真正の意味での女らしさに花咲く機会を失って一生を過す人々、または、女らしき貞節というものの誤っ・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・二人の娘たちに対して、受け身に、曖昧に、謂わばイレーネに見つけられたという工合でのモメントにおいて、自分の恋愛や結婚を語らないでも、もっと本当の愛情からの娘たちへわからせてゆく知慧の働きはあったと思う。働いて、たたかって、そして子供らを愛し・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・ときどき彼を見舞いに来る高田と会ったとき、梶は栖方のことを云い出してみたりしたが、高田は死児の齢を算えるつまらなさで、ただ曖昧な笑いをもらすのみだった。「けれども、君、あの栖方の微笑だけは、美しかったよ。あれにあうと、誰でも僕らはやられ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・彼が親しみを感ずることができなかったのは、こういう村でもすでに見いだすことのできる曖昧宿で、夜の仕事のために昼寝をしている二、三のだらしない女から、都会の文明の片鱗を見せたような無感動な眼を向けられた時だけでした。が、この一、二の例外が、彼・・・ 和辻哲郎 「土下座」
出典:青空文庫