・・・ 所が横町を一つ曲ると、突然お蓮は慴えたように、牧野の外套の袖を引いた。「びっくりさせるぜ。何だ?」 彼はまだ足を止めずに、お蓮の方を振り返った。「誰か呼んでいるようですもの。」 お蓮は彼に寄り添いながら、気味の悪そうな・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・そこには或精神病院へ曲る横町が一つある筈だった。しかしそれもきょうだけはなぜか僕にはわからなかった。僕は電車の線路に沿い、何度もタクシイを往復させた後、とうとうあきらめておりることにした。 僕はやっとその横町を見つけ、ぬかるみの多い道を・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・が、まさか日本橋からここまで蝶が跡をつけて、来ようなどとは考えませんから、この時もやはり気にとめずに、約束の刻限にはまだ余裕もあろうと云うので、あれから一つ目の方へ曲る途中、看板に藪とある、小綺麗な蕎麦屋を一軒見つけて、仕度旁々はいったそう・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・と、かごとがましく身を曲る。「お逢いなさいまし、ほほほ、ねえ、お浜、」 と女房は暗い納戸で、母衣蚊帳の前で身動ぎした。「おっと、」 奴は縁に飛びついたが、「ああ、跣足だ姉さん。」 と脛をもじもじ。「可よ、お上りよ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ すぐ角を曲るように、樹の枝も指せば、おぼろげな番組の末に箭の標示がしてあった。古典な能の狂言も、社会に、尖端の簇を飛ばすらしい。けれども、五十歩にたりぬ向うの辻の柳も射ない。のみならず、矢竹の墨が、ほたほたと太く、蓑の毛を羽にはいだよ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 翁は、頭なりに黄帽子を仰向け、髯のない円顔の、鼻の皺深く、すぐにむぐむぐと、日向に白い唇を動かして、「このの、私がいま来た、この縦筋を真直ぐに、ずいずいと行かっしゃると、松原について畑を横に曲る処があるでの。……それをどこまでも行・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 私がのっそりと突立った裾へ、女の脊筋が絡ったようになって、右に左に、肩を曲ると、居勝手が悪く、白い指がちらちら乱れる。「恐縮です、何ともどうも。」「こう三人と言うもの附着いたのでは、第一私がこの肥体じゃ。お暑さが堪らんわい。衣・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・私たちがそこの角を曲ると、二階からパッとマグネシュウムの燃える音がした。「今泣いた子が笑った……」私はこうして会費も持たずに引張られてきた自分を極まり悪く思いながら、女中に導かれて土井の後から二階へあがった。そして電灯を消した暗い室に立った・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・家について曲ると、「青木さんよう」と、呼び止める。人並よりよほど広い額に頭痛膏をべたべたと貼り塞いでいる。昨夕の干潟の烏のようである。「昨日来なんしたげなの。わしゃちょうど馬を換えに行っとりましての」と、手を休めて、「乗りなんせ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・遠い恒星の光が太陽の近くを通過する際に、それが重力の場の影響のために極めてわずか曲るだろうという、誰も思いもかけなかった事実を、彼の理論の必然の結果として鉛筆のさきで割り出し、それを予言した。それが云わば敵国の英国の学者の日蝕観測の結果から・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫