・・・そうしてその人間は、迂余曲折をきわめたしちめんどうな辞句の間に、やはり人間らしく苦しんだりもがいたりしていた。だから樗牛は、うそつきだったわけでもなんでもない。ただ中学生だった自分の眼が、この樗牛の裸の姿をつかまえそくなっただけである。自分・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・それからお敏が、この雷雨の蓆屋根の下で、残念そうに息をはずませながら、途切れ途切れに物語った話を聞くと、新蔵の知らない泰さんの計画と云うのは、たった昨夜一晩の内に、こんな鋭い曲折を作って、まんまと失敗してしまったのです。 泰さんは始新蔵・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 自動車がくねくね電光型に曲折しながら山をのぼるにつれて、野山が闇の空を明るくするほど真白に雪に覆われているのがわかって来た。「寒いのね。こんなに寒いと思わなかったわ。東京では、もうセル着て歩いているひとだってあるのよ。」運転手にま・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・ デパアトに沿って右に曲折すると、柳町である。ここは、ひっそりしている。けれども両側の家家は、すべて黒ずんだ老舗である。甲府では、最も品格の高い街であろう。「デパアトは、いまいそがしいでしょう。景気がいいのだそうですね。」「とて・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・けれども、そこで降りてみて、いいようだったら、そこで一泊して、それから多少、迂余曲折して、上諏訪のあの宿へ行こう、という、きざな、あさはかな気取りである。含羞でもあった。 汽車に乗る。野も、畑も、緑の色が、うれきったバナナのような酸い匂・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ 浮世絵の線が最も複雑に乱れている所、また線の曲折の最もはげしい所は着物の裾である。この一事もやはり春信以前の名匠の絵で最もよく代表されるように思う。この裾の複雑さによって絵のすわりがよくなり安定な感じを与える事はもちろんである。 ・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・ この序曲からこの大団円に導く曲折した道程の間に、幾度となくこの同じラッパの単調なメロディと太鼓の単調なリズムが現われては消え、消えてはまた現われる。ラッパはむしろ添え物であって、太鼓の音の最も単純なリズムがこの一編のライトモチーフであ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ ここが聞きどころつかまえどころと思われるような曲折は素人の私には分らない。しかしそこには確かに楽の中から流れ出て地と空と人の胸とに滲透するある雰囲気のようなものがある。この雰囲気は今の文化的日本の中では容易に見出されないもので、ただ古・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・等高線ただ一本の曲折だけでもそれを筆に尽くすことはほとんど不可能であろう。それが「地図の言葉」で読めばただ一目で土地の高低起伏、斜面の緩急等が明白な心像となって出現するのみならず、大小道路の連絡、山の木立ちの模様、耕地の分布や種類の概念まで・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・ 字を書くことの上手な人はこういう機会に存分に筆を揮って、自分の筆端からほとばしり出る曲折自在な線の美に陶酔する事もあろうが、彼のごとき生来の悪筆ではそれだけの代償はないから、全然お勤めの機械的労働であると思われる上に、自分の悪筆に対す・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
出典:青空文庫