・・・一方では季題や去り嫌いや打ち越しなどに関する連句的制約をある程度まで導入して進行の沈滞を防ぎ楽章的な形式の斉整を保つと同時に、また映画の編集法連結法に関するいろいろの効果的様式を取り入れて一編の波瀾曲折を豊富にするという案である。 なん・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・ 連歌から俳諧への流路には幾多の複雑な曲折があったようである。優雅と滑稽、貴族的なものと平民的なものとの不規則に週期的な消長角逐があった。それが貞門談林を経て芭蕉という一つの大きな淵に合流し融合した観がある。この合流点を通った後に俳諧は・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・立ったら頭の閊える箱の中に数人の客をのせたのを二、三人の人間が後押しして曲折の多い山坂を登る。登るときは牛のようにのろい代りに、下り坂は奔馬のごとくスキーのごとく早いので、二度に一度は船暈のような脳貧血症状を起こしたものである。やっと熱海の・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・間少シク曲折アリ。第一曲ヨリ東北ニ行クコト三、四曲ニシテ、以テ木母寺ニ至ツテ窮ル。曲曲回顧スレバ花幔地ヲ蔽ヒ恍トシテ路ナキカト疑フ。排イテ進メバ則白雲ノ湧スルガ如ク、杳トシテ際涯ヲ見ズ。低回スルコト頃クニシテ肌骨皆香シク、人ヲシテ蒼仙ニ化セ・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・きゃけえ、くうと曲折して鳴く。単純なる烏ではない。への字烏、くの字烏である。加茂の明神がかく鳴かしめて、うき我れをいとど寒がらしめ玉うの神意かも知れぬ。 かくして太織の蒲団を離れたる余は、顫えつつ窓を開けば、依稀たる細雨は、濃かに糺の森・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・ことにただいま牧君の紹介で漱石君の演説は迂余曲折の妙があるとか何とかいう広告めいた賛辞をちょうだいした後に出て同君の吹聴通りをやろうとするとあたかも迂余曲折の妙を極めるための芸当を御覧に入れるために登壇したようなもので、いやしくもその妙を極・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ 路は左右に曲折して爪先上りだから、三十分と立たぬうちに、圭さんの影を見失った。樹と樹の間をすかして見ても何にも見えぬ。山を下りる人は一人もない。上るものにも全く出合わない。ただ所々に馬の足跡がある。たまに草鞋の切れが茨にかかっている。・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・けれども要するに小波瀾の曲折を描く一部分に過ぎないので大体の傾向から云えばどうしても自然主義の道徳がまだまだ展開して行くように思われます。以上を総括して今後の日本人にはどう云う資格が最も望ましいかと判じてみると、実現のできる程度の理想を懐い・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ 題目の性質としては一気に読み下さないと、思索の縁を時々に切断せられて、理路の曲折、自然の興趣に伴わざるの憾はあるが、新聞の紙面には固より限りのある事だから、不都合を忍んで、これを一二欄ずつ日ごとに分載するつもりである。 この事情の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・それは迷路のように曲折しながら、石畳のある坂を下に降りたり、二階の張り出した出窓の影で、暗く隧道になった路をくぐったりした。南国の町のように、所々に茂った花樹が生え、その附近には井戸があった。至るところに日影が深く、町全体が青樹の蔭のように・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫