・・・しかし五六人の小天使は鍔の広い帽子の上に、逆立ちをしたり宙返りをしたり、いろいろの曲芸を演じている。と思うと肩の上へ目白押しに並んだ五六人も乗客の顔を見廻しながら、天国の常談を云い合っている。おや、一人の小天使は耳の穴の中から顔を出した。そ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・見世物には猿芝居、山雀の曲芸、ろくろ首、山男、地獄極楽のからくりなどという、もうこの頃ではたんと見られないものが軒を列べて出ていました。 私は乳母に手を引かれて、あっちこっちと見て歩く内に、ふと社の裏手の明き地に大勢人が集まっているのを・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・鉄棒にぶらさがっても、そのまま、ただぶらんとさがっているだけで、なんの曲芸も動作もできない。ラジオ体操さえ、私には満足にできないのである。劣等なのは、体格だけでは無い。精神が薄弱である。だめなのである。私には、人を指導する力が無い。誰にも負・・・ 太宰治 「鴎」
・・・人差指に雁首を引掛けてぶら下げておいてから指で空中に円を画きながら煙管をプロペラのごとく廻転するという曲芸は遠心力の物理を教わらない前に実験だけは卒業していた。 いつも同じ羅宇屋が巡廻して来た。煙草は専売でなかった代りに何の商売にもあま・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・そうした例としては『諸国咄』中の水泳の達人の話、蚤虱の曲芸の話、また「力なしの大仏」の色々の条項を挙げることが出来る。『桜陰比事』の「四つ五器かさねての御意」などもそうした例であると同時に、西鶴の実証主義を暗示するものと見られる。 彼の・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・各劇場の今週間の番組。曲芸師ケファロの横顔―― ほとんど通り過ぎかけて、私は俄に声を出して云った。「園がある、園が」ビラの一つに、「園」という大活字がたしかに見えた――「――園? 何さ」「桜の園じゃない?」 私のロシア語は、・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・十数年前には、モスクワの細長い書斎で、日本から来た女を前におきながら、私は退屈してしまったわ、曲芸も見あきたし……というようなことをいっていたベラ・イムベルでさえも、包囲されたレーニングラードに翔んでいって、その都市防衛の生活記録を日記風に・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・フセワロード・イワノフが曲芸師であった時嚥んだ剣より工合がわるい。イワノフの剣はバネで三分の一ずつ縮んだ。このゴム管は本当に腸まで嚥み下さなければならぬ。眼尻に流れた涙を手の甲でふいて、右脇を下に臥て、コップの中に胆汁の滴るのを待つ。・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・その題は、聖母の曲芸師。 浦上は、今長崎市から電車で僅三十分ばかりの郊外である。市中との間は、都会の外廓につきものの雑然さの中にある。私共は大浦の天主堂にいるうちに、天候が定ったらしいので俄に思い立ち、大浦停留場から電車に乗ったので・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫