・・・ まだ外に書きたい問題もあるが、菊池の芸術に関しては、帝国文学の正月号へ短い評論を書く筈だから、こゝではその方に譲って書かない事にした。序ながら菊池が新思潮の同人の中では最も善い父で且夫たる事をつけ加えて置く。・・・ 芥川竜之介 「兄貴のような心持」
・・・彼らは第四階級以外の階級者が発明した文字と、構想と、表現法とをもって、漫然と労働者の生活なるものを描く。彼らは第四階級以外の階級者が発明した論理と、思想と、検察法とをもって、文芸的作品に臨み、労働文芸としからざるものとを選り分ける。私はそう・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・昔は何日の間にか五七五、七七と二行に書くことになっていたのを、明治になってから一本に書くことになった。今度はあれを壊すんだね。歌には一首一首各異った調子がある筈だから、一首一首別なわけ方で何行かに書くことにするんだね。B そうすると歌の・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・……寝て一人の時さえ、夜着の袖を被らなければ、心に描くのが後暗い。…… ――それを、この機会に、並木の松蔭に取出でて、深秘なるあが仏を、人待石に、密に据えようとしたのである。 成りたけ、人勢に遠ざかって、茶店に離れたのに不思議はある・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 東京の物の本など書く人たちは、田園生活とかなんとかいうて、田舎はただのんきで人々すこぶる悠長に生活しているようにばかり思っているらしいが、実際は都人士の想像しているようなものではない。なまけ者ならば知らぬ事、まじめな本気な百姓などの秋・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ちょっと断わっておくが、僕はある脚本――それによって僕の進退を決する――を書くため、材料の整理をしに来ているので、少くとも女優の独りぐらいは、これを演ずる段になれば、必要だと思っていた時だ。「お前が踊りを好きなら、役者になったらどうだ?・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・椿岳も児供の時から画才があって、十二、三歳の頃に描いた襖画が今でも川越の家に残ってるそうだが、どんな田舎の百姓家にしろ、襖画を描くというはヘマムシ入道や「へへののもへじ」の凸坊の自由画でなかった事は想像される。椿岳の画才はけだし天禀であった・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ョン・バンヤンの精神がありますならば、すなわちわれわれが他人から聞いたつまらない説を伝えるのでなく、自分の拵った神学説を伝えるでなくして、私はこう感じた、私はこう苦しんだ、私はこう喜んだ、ということを書くならば、世間の人はドレだけ喜んでこれ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・この手紙は牧師の二度と来ぬように、謂わば牧師を避けるために書く積りで書き始めたものらしい。煩悶して、こんな手紙を書き掛けた女の心を、その文句が幽かに照し出しているのである。「先日おいでになった時、大層御尊信なすっておいでの様子で、お話に・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 娘は、手に持っていたろうそくに、せきたてられるので絵を描くことができずに、それをみんな赤く塗ってしまいました。 娘は、赤いろうそくを、自分の悲しい思い出の記念に、二、三本残していったのであります。五 ほんとうに穏や・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
出典:青空文庫