・・・題を決めるのに一日、構想を考えるのに一日、たのまれてから書き出すまでに二日しか費さなかったぐらいだから、安易な態度ではじめたのだが、八九回書き出してから、文化部長から、通俗小説に持って行こうとする調子が見えるのはいかん、調子を下すなと言われ・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・ さて十一月某日、自分は朝から書斎にこもって書見をしていた、とあらためて書き出す。二 昨日も今日も秋の日はよく晴れて、げに小春の天気、仕事するにも、散策を試みるにも、また書を読むにも申し分ない気候である。ウォーズウォルス・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・午飯を食ってから、三重吉に手紙を書こうと思って、二三行書き出すと、文鳥がちちと鳴いた。自分は手紙の筆を留めた。文鳥がまたちちと鳴いた。出て見たら粟も水もだいぶん減っている。手紙はそれぎりにして裂いて捨てた。 翌日文鳥がまた鳴かなくなった・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・ 四時頃になって少し涼しくなってから、わきに濡手拭を引きつけて、汗をふきふきこれを書き出す。 段々気が入って、ペン先の中に皆自分がこもってしまった様になると、背中の方から段々暑さが忘られて来るのが真に快い。・・・ 宮本百合子 「一日」
・・・そこで、心臓が口からとび出しはしまいかと思うほど胸轟かして文房堂から買って来た原稿紙をひろげて、何かを書き出す。そのようにして文学というものが、身に近いものとなって、永年まとまりなく自分を表現するてだてであった音楽がやや遠いものとなって来た・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・漱石はこの作を書いた時より十年ほど前、『吾輩は猫である』を書き出す前後の自分の生活をこの作で書いたと言われているが、しかし作者としての漱石は作の主人公やその細君を一歩上から憐れみながら、客観的に批判して書いている。漱石の心境はもはや同じとこ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫