・・・ 忘れもせぬ、……お前も忘れてはおるまい、……青いクロース背に黒文字で書名を入れた百四十八頁の、一頁ごとに誤植が二つ三つあるという薄っぺらい、薄汚い本で、……本当のこともいくらか書いてあったが、……いや、それ故に一層お前は狼狽して、莫迦・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・八雲氏令孫の筆を染めたという書名題字もきわめて有効に本書の異彩を添えるものである。 小泉八雲というきわめて独自な詩人と彼の愛したわが日本の国土とを結びつけた不可思議な連鎖のうちには、おそらくわれわれ日本人には容易に理解しにくいような、あ・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・に関する詳しい記事のありそうな本を捜していた時に、某書店の店員が親切にカタログをあさってともかくも役に立ちそうな五六種の書名を見つけてくれて、「海外注文」を出してもらったが、一年以上たってもただ一冊手に入っただけで、残りのものは梨のつぶてで・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・パーレー万国史、クヮッケンボス文典などという書名を連ねた紙片に過ぎなかったが、それが恐ろしく幼い野心を燃え立たせた。いよいよパーレーを買いに行ったとき本屋の番頭に「たいそうお進みでございますねえ」といわれてひどくうれしがったものである。その・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・中学校に進んで、一、二年の間はその頃新に文部省で編纂した英語読本が用いられていたが書名は今覚えていない。この読本は英国人の教師が生徒の発音を正しくするために用いたので、訳読には日本人の教師が別の書物を用いた。その中で記憶に残っているものは、・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・男は傍らにある羊皮の表紙に朱で書名を入れた詩集をとりあげて膝の上に置く。読みさした所に象牙を薄く削った紙小刀が挟んである。巻に余って長く外へ食み出した所だけは細かい汗をかいている。指の尖で触ると、ぬらりとあやしい字が出来る。「こう湿気てはた・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・ただその頃私は純粋経験という考を中心として考えていたので、 Sur les donnes immdiates de la conscience.[『意識に直接与えられているものについての試論』]という書名に誘われたのである。しかし最初にベル・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・人が絶え間なくその前にたかり、或る者は手帳を出して書名をひかえている。或る者は直ぐ黒い上被りを着た店員に別の棚からその本を出して貰い、金を払っている。 成程これは、ソヴェト同盟らしい親切なやりかただ。ただ新刊書を一まとめにして、丸善の棚・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・四六版、三百十二頁に、十行ならびの大きな活字で書名、著者、年号、冊数が掲載されてある。 これは、明治八年いよいよ書籍館が独立して旧大学内大成殿に仮館を定め、九年、毎日「午前第九時ヨリ午後第十時ニ至ルマデ内外人ノ覧閲ヲ許シ覧閲料ヲ収メス」・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・ 著書が一時は全く世間から押しかくされる時期があることを慮って、尾崎氏は、自著を客観的に評価し、重要な書名を記録して居られる。「なお翻訳が一つあります」と楊子さんにあてて語られているのは、アグネス・スメドレイの「女一人大地を行く」であろ・・・ 宮本百合子 「人民のために捧げられた生涯」
出典:青空文庫