・・・ 和本は、虫がつき易いからというけれど、この頃の洋書風のものでも、十年も書架に晒らせば、紙の色が変り、装釘の色も褪せて、しかも和本に於けるように雅致の生ずることもなく、その見すぼらしさはないのであります。 これから見ても、和本は、出・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・教室の上にある二階の角が先生のデスクや洋風の書架の置並べてあるところだ。亜米利加に居た頃の楽しい時代でも思出したように、先生はその書架を背にして自分でも腰掛け、高瀬にも腰掛けさせた。「好い書斎ですネ」 と高瀬は言って見て、窓の方へ行・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・その度ごとに本屋の書架から手頃らしいと思われる註釈本を物色しては買って来て読みかけるのであるが、第一本文が無闇に六かしい上にその註釈なるものが、どれも大抵は何となく黴臭い雰囲気の中を手捜りで連れて行かれるような感じのするものであった。それら・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・ゲーテが死ぬ前に庭の土を取り寄せて皿へ入れて分析しようとしていたら、急に悪くなったのだそうで、書斎の窓の下の高い書架の上に土を入れた皿が今でも置いてあります。隣の寝室へかつぎ込んだが、寝台の上へ横になることができなくて肱掛椅子にもたれたまま・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
発病する四五日前、三越へ行ったついでに、ベコニアの小さい鉢を一つ買って来た。書斎の机の上へ書架と並べて置いて、毎夜電燈の光でながめながら、暇があったらこれも一つ写生しておきたいと思っていたが、つい果たさずに入院するようにな・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・先生が大学の図書館で書架の中からポーの全集を引きおろしたのを見たのは昔の事である。先生はポーもホフマンも好きなのだと云う。この夕その烏の事を思い出して、あの烏はどうなりましたと聞いたら、あれは死にました、凍えて死にました。寒い晩に庭の木の枝・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・器具は特別に芸術家の手を煩わして図案をさせたものである。書架は豊富である。Bibelots と云う名の附いている小さい装飾品に、硝子鐘が被せてある。物を書く卓の上には、貴重な文房具が置いてある。主人ピエエルが現代に始めて出来た精神的貴族社会・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・二人は書架をのぞいたり開いた本をひろい読みしたりした。 かなり時が立っても千世子は見えなかった。「間が悪いものになっちゃったねえ。 まさか何ぼあの人だってあけっぱなしで他所へ出たんでもあるまいねえ。」「だが、暢気なんだからわ・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・と云いながら書架のわきに本を見て居た篤に、 只今お帰りになりました。と云って奥へそわそわと引っ込んで行った。 千世子は銘仙の着物に八二重の帯を低くしめたまんま書斎に行った。「どうもお待遠様。 いついら・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ そこで本屋はあれこれを風呂敷につつんで行って見たところが、そこは新築したばかりの邸宅で、西洋間の応接室に堂々たる書架がついている。が、そこが空っぽで入れるものがないからという注文であったことが判明した。 本屋は早速見つくろって幾通・・・ 宮本百合子 「見つくろい」
出典:青空文庫