・・・見ればみんな二通三通ずつの書状を携えている。 その仕組みがおもしろい、甲の手紙は乙が読むという事になっていて、そのうちもっともはなはだしい者に罰杯を命ずるという約束である。『もっともはなはだしい』という意味は無論彼らの情事に関することは・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・この言葉は短けれどその意は長し―― この書状は例によりてかの人に託すべけれど、貴嬢が手に届くは必ず数日の後なるべし、貴嬢もしかの君に示さんとならば、そは貴嬢の自由なり、われには何の関りもなし。・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 三 その翌々日の事であった、東京なる高山法学士から一通の書状が村長の許に届いた。その文意は次の如くである。 富岡先生が折角上京されたと思うと突然帰国された、それに就て自分は大に胸を痛めている、先生は相変ら・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ポケットの内なるは治子よりの昨夜の書状なり。短き坂道に来たりし時、下より騎兵二騎、何事をか声高に語らいつつ登りくるにあいたれどかれはほとんどこれにも気づかぬようにて路をよけ通しやりぬ。騎兵ゆき過ぎんとして、後なる馬上の、年若き人、言葉に力を・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・わけても孤島に流されているアグリパイナと、ネロの身の上を恐ろしきものに思い、可哀そうでならぬから、と誰にとも無き言いわけを、頬あからめて呟きつつ、その二人への赦免の書状に署名を為した。 赦免状を手にした孤島のアグリパイナは狂喜した。凱旋・・・ 太宰治 「古典風」
・・・の袋の中には、別に書状を二通こっそり入れて置いた。準備が出来た様子である。私は毎夜、安い酒を飲みに出かけた。Hと顔を合わせて居るのが、恐しかったのである。そのころ、或る学友から、同人雑誌を出さぬかという相談を受けた。私は、半ばは、いい加減で・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・しかし私の考えでは、不幸の知らせは元来書状でほんとうの意味の知友にのみ出すべきもので、それ以外の人は葬式などがすんで後に聞き伝え、あるいは週刊旬刊でゆっくり知ってもたいしたさしつかえはないはずである。もしも国民の大多数の尊敬しあるいは憎悪す・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・余が博士を辞退した手紙が同じく新聞紙上で発表されたときもまた余は故旧新知もしくは未知の或ものからわざわざ賛成同情の意義に富んだ書状を幾通も受取った。伊予にいる一旧友は余が学位を授与されたという通信を読んで賀状を書こうと思っていた所に、辞退の・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・今家主の所へ呼ばれて江戸から来た手紙を貰ったら、山本様へのお手紙であったと云って、一封の書状を出した。九郎右衛門が手に受け取って、「山本宇平殿、同九郎右衛門殿、桜井須磨右衛門、平安」と読んだ時、木賃宿でも主従の礼儀を守る文吉ではあるが、兼て・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫