・・・それから今度は手当り次第に一つの手紙の封を切り、黄いろい書簡箋に目を通した。この手紙を書いたのは僕の知らない青年だった。しかし二三行も読まないうちに「あなたの『地獄変』は……」と云う言葉は僕を苛立たせずには措かなかった。三番目に封を切った手・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・手紙は桃色の書簡箋に覚束ないペンの字を並べたものだった。彼は一通り読んでしまうと、一本の巻煙草に火をつけながら、ちょうど前にいたY中尉にこの手紙を投げ渡した。「何だ、これは? ……『昨日のことは夫の罪にては無之、皆浅はかなるわたくしの心・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
中国の書簡箋というものには、いつもケイがある。けれどもなぜケイがあるかは知らなかった。白文体について作人が書いている文章が「魯迅伝」に引用されている。「古文を用いますと、空っぽで内容はなくとも、八行の書簡箋はいっぱいに埋め・・・ 宮本百合子 「書簡箋」
・・・「郵便切手」そのほかの最近書いたものに、未発表のいくつかを加えた。「兄と弟」「書簡箋」「ベリンスキーの眼力」などは太平洋戦争中、作品の発表できなかった時分のノートから。「真夏の夜の夢」「デスデモーナのハンカチーフ」「復活」などは、珍しく芝居・・・ 宮本百合子 「はしがき(『女靴の跡』)」
・・・それも長いことかかってひどい万年筆で書いたと見え、桃色の、やはり四つ葉のクローヴァのついた書簡箋が、ところどころ皺になってさえいる。ジェルテルスキーの読む間、心配を面に表わして待っていたステパンは、愈々一字一字意味を説明されると、見るも気の・・・ 宮本百合子 「街」
・・・小判の白い平凡な書簡箋に見馴れた父の万年筆の筆蹟で、ところどころ消したり、不規則に書体を変えたり、文句を訂正したりしながら二十行の詩が書かれているのであった。 六十九歳の父が最後のおくりもの、或は訴えとして娘の私にのこしたその詩の題は ・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫