・・・ そして須利耶さまは、たしかにその子供に見覚えがございました。最初のものは、もはや地面に達しまする。それは白い鬚の老人で、倒れて燃えながら、骨立った両手を合せ、須利耶さまを拝むようにして、切なく叫びますのには、(須利耶さま、須利耶さ・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・その、自分の家でありながら六畳の方へは踏み込まず、口数多い神さんが気に入らなかったが、座敷は最初からその目的で拵えられているだけ、借りるに都合よかった。戸棚もたっぷりあったし、東は相当広い縁側で、裏へ廻れるように成ってもいる。 陽子は最・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・そのうちには向うでも種々に考えて見るので、最初云った事とは多少違って来る。とうとう手が附けられなくなってしまう。それで一度で通過するのを喜ぶのである。 席に帰って見ると、茶が来ている。八時に出勤したとき一杯と、午後勤務のあるときは三時頃・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・その席であなたは最初からわたくしをひどい目に逢わせていらっしゃいましたの。そう。ちょうど三週間ばかり前からあなたわたくしを附け廻していらっしゃったのです。それでいてわたくしに何もおっしゃるのではございません。ただ黙って妙な顔をしてわたくしを・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・おれも最初はそうとも知らず『何やらん草中に呻いておる者のあるは熊に噛まれた鹿じゃろうか』と行いて見たら、おどろいたわ、それがかの二方でおじゃッたわ」 母ははやその跡を聞いていられなくなッた。今まではしばらく堪えていたが、もはや包むに包み・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ 彼の肉体に植物の繁茂し始めた歴史の最初は、彼の雄図を確証した伊太利征伐のロジの戦の時である。彼の眼前で彼の率いた一兵卒が、弾丸に撃ち抜かれて顛倒した。彼はその銃を拾い上げると、先登を切って敵陣の中へ突入した。彼に続いて一大隊が、一聯隊・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・やがて、体のよい若者のそろった舟が最初に突き進んで来る。磯波は烈しく押し戻す。綱が投げられる。若者が波の間へ飛び込んで行く。舟は木の葉のようにもまれている。若者は舟の傍木へ肩を掛ける。陸からは綱を引くものが諸声に力のリズムを響かせる。かくて・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫