・・・には書けなくって、かえって自分で自分を軽蔑するような心持の時か、雑誌の締切という実際上の事情に迫られた時でなければ、詩が作れぬというような奇妙なことになってしまった。月末になるとよく詩ができた。それは、月末になると自分を軽蔑せねばならぬよう・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・養子の身はつらいものや、なア。月末の払いが不足する時などは、借金をするんも胸くそ悪し、いッそ子供を抱いたまま、湖水へでも沈んでしまおか思うことがある。」 こういう話を聴きながら、僕はいつの間にか寝入ってしまったが、酔いの覚めて行くに従っ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 全く放棄されたこの家はただ僕一人の奮励いかんにあるのだが、第一に胸に浮ぶ問題は、「この月末をどうしよう?」 しかもそれがこの二、三日に迫っているのだ。 二四 あわてたところで、だめなものはだめだから、ま・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・随って社員は月末の米屋酒屋の勘定どころか煙草銭にもしばしば差支えた。が、社長沼南は位置相当の門戸を構える必要があったとはいえ、堂々たる生活をしながら社員が急を訴えても空々しい貧乏咄をしてテンから相談対手にならなかった。 沼南はまた晩年を・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 八月の末で馬鹿に蒸し暑い東京の町を駆けずり廻り、月末にはまだ二三日間があるというのを拝み倒して三百円ほど集ったその足で、熱海へ行った。温泉芸者を揚げようというのを蝶子はたしなめて、これからの二人の行末のことを考えたら、そんな呑気な気イ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・これを聞きて翁の目は急に笑みをたたえ、父上もさすがにこの度は許したまいしか、まずまずめでたし、いつごろ立ちたもうや。月末なるべしと青年は答え、さればこの地もまたいつ帰り来て見んことの定め難く、また再び見ることかなうまじきやこれまた計り難けれ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ 私は貧乏なので、なんの空想も浮ばず、十年一日の如く、月末のやりくり、庭にトマトの苗を植えた事など、ながながと小説に書いて、ちかごろは、それもすっかり、いやになって、なんとかしなければならぬと、ただやきもきして新聞ばかり読んでいます。脚・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・むかしの佳き人たちの恋物語、あるいは、とくべつに楽しかった御旅行の追憶、さては、先生御自身のきよらかなるロマンス、等々、病床の高橋君に書き送る形式にて、四枚、月末までにおねがい申しあげます。大阪サロン編輯部、春田一男。太宰治様。」「君の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・田舎の長兄から、月々充分の金を送ってもらっていたのだが、ばかな二人は、贅沢を戒め合っていながらも、月末には必ず質屋へ一品二品を持運んで行かなければならなかった。とうとう六年目に、Hとわかれた。私には、蒲団と、机と、電気スタンドと、行李一つだ・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・父の印鑑を持ち出して、いつの間にやら家の電話を抵当にして金を借りていた。月末になると、近所の蕎麦屋、寿司屋、小料理屋などから、かなり高額の勘定書がとどけられた。一家の空気は険悪になるばかりであった。このままでこの家庭が、平静に帰するわけはな・・・ 太宰治 「花火」
出典:青空文庫