・・・ 商人は、次の農家で、橇と馬の有無をたしかめ、それから玄関を奥へ這入って行った。 そこでも、金はいくらでも出す、そう彼は持ちかけた。そこが纏ると、又次へ橇を馳せた。 日本人への反感と、彼の腕と金とが行くさきざきで闘争をした。そし・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・、六朝仏印度仏ぐらいでは済度されない故、夏殷周の頃の大古物、妲己の金盥に狐の毛が三本着いているのだの、伊尹の使った料理鍋、禹の穿いたカナカンジキだのというようなものを素敵に高く買わすべきで、これはこれ有無相通、世間の不公平を除き、社会主義者・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・けれども自分ひとりの感動の有無だけは、いつでも正直に表現していたいと思っています。私は、エホバを畏れています。 どうも私は、立派そうな事を言うのが、てれくさくていけません。モーゼほどの鉄石の義心と、四十年の責任感とを持っているのならとに・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・吉田さんへも宜しく御伝え下され度、小生と逢っても小生が照れぬよう無言のうちに有無相通ずるものあるよう御取はからい置き下され度、右御願い申しあげます。なお、この事、既に貴下のお耳に這入っているかも知れませんが、英雄文学社の秋田さんのおっしゃる・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・勝敗の結果よりも、余裕の有無のほうを、とかく問題にしたがる傾向がある。それだから、必ず試合には負けるのである。ほめた事ではない。私は気を取り直し、「とにかく立たないか。君に、言いたい事があるんだ。」 胸に、或る計画が浮かんだ。「・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・丸顔の厭な顔だ。有無をいわせずその車に飛び乗った。そして叺と叺との間に身を横たえた。支那人はしかたがないというふうでウオーウオーと馬を進めた。ガタガタと車は行く。 頭脳がぐらぐらして天地が廻転するようだ。胸が苦しい。頭が痛い。脚の腓のと・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ある人は言語の有無をもって人間と動物との区別の標識としたら宜いだろうと云い、またある人は道具あるいは器具の使用の有無を準拠とするのが適当だろうという。私にはどちらが宜いか分らない。しかしこの言語と道具という二つのものを、人間の始原と結び付け・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
・・・彼の地における各時季の気温や、風向、晴雨日の割合などは勿論、些細な点についても知識の有無に従ってその方面の準備の有無は意外の結果を来たすであろうと考えられる。 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・あれをつるしてある鋼条が切れる心配はないかというような質問が子供のうちから出たので、私はそのような事のあった実例を話し、それからそういう危険を防止するために鋼条の弱点の有無を電磁作用で不断に検査する器械の発明されている事も話しなどした。それ・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・最大公約数とかいったようなものになるという、そういう本質的内在的な理由もあったであろうが、また一方では、はじめはただ各個人の主観的詠嘆の表現であったものが、後に宮廷人らの社交の道具になり、感興や天分の有無に関せずだれも彼もダンスのステップを・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
出典:青空文庫