・・・「おお、とらす。持ってまいれ。」「有難うございまする。」 宗俊は、金無垢の煙管をうけとると、恭しく押頂いて、そこそこ、また西王母の襖の向うへ、ひき下った。すると、ひき下る拍子に、後から袖を引いたものがある。ふりかえると、そこには・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・王 (王女の髪を撫有難う。よくそう云ってくれました。わたしも悪魔ではありません。悪魔も同様な黒ん坊の王は御伽噺にあるだけです。そうじゃありませんか?王子 そうです。皆さん! 我々三人は目がさめました。悪魔のような黒ん坊の王や、三つの・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・「よし、よし、有難う。」 香のものがついて、御飯をわざわざ炊いてくれた。 これで、勘定が――道中記には肝心な処だ――二円八十銭……二人分です。「帳場の、おかみさんに礼を言って下さい。」 やがて停車場へ出ながら視ると、旅店・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・車屋は有難うござりますと、詞に力を入れて繰返した。 もう寝たのかしらんと危ぶみながら、潜戸に手を掛けると無造作に明く。戸は無造作にあいたが、這入る足は重い。当り前ならば、尋ねる友人の家に著いたのであるから、やれ嬉しやと安心すべき筈だに、・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・「毎度御ひいきは有難うございますけれど、先生はそうお遊びなさってもよろしゅうございますか?」「なアに、かまいませんとも」「しかし、まだ奥さんにはお目にかかりませんけれど、おうちでは独りでご心配なさっておられますよ。それがお可哀そ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「どうも色々有難う御座いました。お母上にも宜しく……それでは明日。」 二人は分れんとして暫時、立止った。「あア、明日お出になる時、お花を少し持て来て下さいませんか、何んでも宜いの。仏様にあげたいから」 とお秀は云い悪くそうに・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ 危く、蒙古犬に喰われそうになっていた浜田たちは、嬉しげに、仲間が現れた、その方へ遮二無二に馳せよった。「やア! 有難う、助かった!」「……」何か日本語でないひゞきがした。 ふと、月かげにすかして見ると、それは、昼間、酒を呉れた・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・だが、二人の叫びは、露西亜人には、「有難う!」「有難う!」「有難う!」 と聞えた。 ……間もなく二ツの銃声が谷間に轟き渡った。 老人は、二人からもぎ取った銃と軍服、防寒具、靴などを若者に纏めさして、雪に埋れた家の方へ・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・「有難うございました。」と慄えた細い声で感謝した。 その夜若崎は、「もう失敗しても悔いない。おれは昔の怜悧者ではない。おれは明治の人間だ。明治の天子様は、たとえ若崎が今度失敗しても、畢竟は認めて下さることを疑わない」と、安心立命・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・「はい、有り難う。」と手短に答えたが、思わず主人の顔を見て細君はうち微笑みつつ、「どうも大層いいお色におなりなさいましたね、まあ、まるで金太郎のようで。」と真に可笑そうに云った。「そうか。湯が平生に無く熱かったからナ、そ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
出典:青空文庫