・・・ 自分は、実地を踏んで見るまでは、パリという都をただなんとなしに明るく陽気な所のように想像し、フランス人をのどかに朗らかな民族とばかり思っていたのに、ドイツからフランスへ移って見聞するうちに、この予想がことごとく裏切られた。パリの町はす・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・生活のまったく絶息してしまったようなこの古い鄙びた小さな都会では、干からびたような感じのする料理を食べたり、あまりにも自分の心胸と隔絶した、朗らかに柔らかい懈い薄っぺらな自然にひどく失望してしまったし、すべてが見せもの式になってしまっている・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・案内者はまだ何年何月何日の続きを朗らかに読誦している。 カーライルまた云う倫敦の方を見れば眼に入るものはウェストミンスター・アベーとセント・ポールズの高塔の頂きのみ。その他幻のごとき殿宇は煤を含む雲の影の去るに任せて隠見す。「倫敦の・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・足音は部屋の前を通り越して、次第に遠ざかる下から、壁の射返す響のみが朗らかに聞える。何者か暗窖の中へ降りていったのであろう。「この盾何の奇特かあると巨人に問えば曰く。盾に願え、願うて聴かれざるなし只その身を亡ぼす事あり。人に語るな語るとき盾・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・しばらくすると女はこの紋章の下に書きつけてある題辞を朗らかに誦した。Yow that the beasts do wel behold and se,May deme with ease wherefore here made ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・したがって人との応接が楽になり、朗らかな気持で談笑することが出来てきた。そして一般に、生活の気持がゆったりと楽になって来た。だがその代りに、詩は年齢と共に拙くなって来た。つまり僕は、次第に世俗の平凡人に変化しつつあるのである。これは僕にとっ・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ 基本的な社会関係までを自分の問題としてとりあげる迫力がなく、しかも常に朗らかでばかりあり得ない気分の上でだけ新らしさを追求する結果、すでに映画制作者が巧みにも把えている古いものの新らしげな扮飾が、恋愛の技巧の上で横行する。互にまともな・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・私もかねて皆に仕事をするということは自分をつくり上げることだといって教えていますが、子供たちも仕事をする気分を味って、朗らかに働いています」そして、巣鴨の学校から志村のその工場へ通うバス代と別に「相当した賃銀」を出していると語っている。・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・雨のあとで太陽が輝き出すと、早朝のような爽やかな気分が、樹の色や光の内に漂うて、いかにも朗らかな生の喜びがそこに躍っているように感ぜられる。おりふしかわいい小鳥の群れが活き活きした声でさえずり交わして、緑の葉の間を楽しそうに往き来する。――・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
・・・私の Aesthet は Sollen を肩からはずして、地に投げつけて、朗らかに哄笑した。私は手先が自由になったことを感じた。一夜の内に世界は形を変えた。新しい曙光は擅な美と享楽とに充ちた世界を照らし初めた。かくて私は彼らの生活に Aes・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫